バス

文字数 2,119文字

『もしもーし、友梨(ゆり)ぃ~』
『あー、里紗(りさ)。お疲れ。駅着いた?』
『よかったぁ、電話繋がってぇ。電車の中、ずうっと圏外だったからさぁ、もう退屈でしょうがなかったよぉ』
『ねー。なんか駅とこの宿の周りは比較的繋がりやすいらしいよ。バス乗ったらLINEして。三十分くらいで着くんじゃないかな。バス停降りちゃえば宿は目の前だから』
『三十分かあ。まだちょっとかかるなあ。あ、バス来たかも!』
『それ逃したら次のバスは一時間以上先だから、絶対乗らなきゃだめだよ』
『分かった。じゃ、一旦切るね。またあとで』
『うん、気をつけて』


>>あぶなかったぁ。
>>どうしたの?
>>バス、乗った途端に走り出した。危うく乗り過ごすところだった。
>>間に合ったならよかった。
>>でも、行き先ちゃんと確認できなかったんだけど、大丈夫かな。
>>そんなにバス路線ないはずだから大丈夫だと思うけど、誰かに聞いてみたら?
>>うん。そうしてみる。


>>どうだった?


>>おーい。確認できた?


>>なんか変。
>>どうしたの?
>>わたし以外に乗っているの、赤ちゃんを抱いたおばあさんが一人だけなんだけど。
>>行き先違うって?
>>何にも言ってくれないの。
>>どういうこと?
>>バス、すっごい揺れたでしょ?
>>そうそう。
>>こけそうになりながらすぐ近くまで行って、このバス、願宮(ねがいのみや)温泉に行きますかって尋ねたんだけど、じーっと前を見たまま全然反応してくれないの。
>>寝てるんじゃない?
>>じっと目を見開いて、一点を見つめてるんだよ。二人とも。
>>二人とも?
>>赤ちゃんもだよ。にこりともしないで、じーっとどこかを見つめてるの。あんな気味悪い赤ちゃん、見たことないよ。
>>運転手さんは?
>>おんなじ。
>>おんなじ?
>>運転席のそばまで行って、同じように尋ねてみたの。でも、じっと前だけ見てハンドル握り締めてて、何にも言ってくれないの。
>>聞こえてないんじゃない?
>>絶対にそんなことないよ。大きな声で何回か尋ねたし。
>>でも、すっごく揺れる道なら、きっとわたしが乗って来たのと同じバスだよ。
>>そうかなあ。何のアナウンスもないし、どんどん山の中に入って行くし。暗くなってきたし。なんか怖いよ。
>>山の中の温泉だもん。きっと合ってるって。
>>うん……もうちょっと様子見てみる。


>>もう着くんじゃない? そろそろ三十分くらい経つと思うけど?
>>明かりが見えた。あれが宿かな。
>>きっとそうだよ。よかったね。お疲れさま。
>>ボタンがない。
>>ボタン?
>>降りるときに押すやつ。
>>大丈夫。ここが終点だから、絶対停まるよ。
>>そうか。じゃ、もうちょっとだけ待ってて。
>>うん。一緒に温泉入ろうね。


>>友梨! 助けて。
>>どうしたの? バス降りた?
>>停まらないの。
>>え?
>>バス、停まってくれないの。
>>なんで?
>>分かんないよ。宿、通り過ぎちゃうから、また運転手さんの近くまで行って降りますって言ったのに。やっぱり何も反応してくれないの。どうしよう? 


>>どんどん山の中に入ってくよ。宿の明かりも見えなくなった。どこ見ても真っ暗だし。ね、どうすればいい?


>>ねえ、友梨! 返信して。お願い。


>>友梨!!


『もしもし?』
『友梨?! よかった、電話通じた』
『何?』
『何って、バス。停まってくれないの。赤ちゃんは泣き出すし、それなのにおばあさんは相変わらずじっとしたまんま、あやそうともしないし』
『大丈夫。それでいいの』
『何、どういうこと?』
『わたしがお願いしたの。わたしから彼とお腹の子を奪ったあんたに、地獄の苦しみを味わわせてくださいって』
『何? どういうこと?』
『分かってるくせに』
『だって、あれは彼がわたしを選んだだけで、わたしは何も、』
『黙れっ!』
『ひっ……』
『あんたがわたしを階段から突き落として、お腹の子を殺したんだろうが。彼を自分のものにするために』
『ち、違うっ。何度も謝ったじゃない。あれはわざとじゃないんだって。あなただって分かってくれたじゃない』
『よおく分かったわよ。あんたの本性がね。あんただけ幸せになんかしない。そのバスはね、あんたをあんたに——人間の屑に、相応しい場所に連れて行ってくれるバスだから』
『何それ、嘘でしょ。ごめん、友梨。謝るから。何回でも謝るからぁ』
『お腹の子をあんたに殺されたとき、おばあちゃんの仏壇にお願いしたのよ。あの子を宜しくお願いしますって。そこに乗ってるのは、わたしのおばあちゃんと、あんたが殺したわたしの子よ』
『い、いやっ、そんなの嘘よ。友梨っ、そんな意地悪言わないで!』
『もう電波も届かなくなるわ。わたしもね、この代償に自分の魂を差し出したのよ。あんたを楽には死なせないためにね。そのためならわたしはどうなってもいい。せいぜい苦しんで苦しんで、それから死んでちょうだい』
『いやっ! 友梨っ、ごめん。助けてっ! ゆ、(ツーーツーーツーー)』
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