11-2 崇暁 B

文字数 2,339文字

 約束通り食堂に来ると、僕を待っていたラプラが小さく手を振った。間もなくツチノヤも到着して、「役者は揃ったか」と独りごちる。
「悪いがこっちへ来てくれ」
 彼は僕らを先導して兵舎の外へ連れてくる。渡り廊下の先にあるトイレ――厠の裏手だ。そこは上官らの見張りがこの時間に巡回せず、小心者の魔人兵が一人で向かうのをためらう場所。わざわざ仲間を叩き起こして厠へ向かうほどの勇気も持ち合わせてないだろう。つまり、秘密の話にはうってつけの場所というわけだ。
「あそこの茂みに隠れて話そう」
 厠裏の壁と茂みの間に三人で潜り、ツチノヤが隠し持ってきた紙を渡した。ラプラも角灯を持ってきていて、見やすいように火を灯す。灯りは笠で殆ど覆われていて、一番体格の小さいツチノヤの足元に角灯を置き、彼を二人で挟むように座った。
「ラプラだっけ? あんたがその気で助かるよ、ほんと」
 ツチノヤがラプラの顔を見てにやりとした。上げた口角は崩さず、すぐに目つきが鋭くなる。
「これから俺が話すのは、俺たち魔人兵にとっては少し大人が過ぎるお話になる。声は抑えろよ」
「ああ、分かってる」
 僕が頷くと、ツチノヤは小さく深呼吸して語り出した。
「まず、そうだな……この戦争の原因について話すか。この戦争は泥國――デムセイルがハーフブルスの水源を汚染したことで起きたが、そもそも何でそんなことしたと思う?」
「知らない。ラプラは?」
「えっと確か、『デムセイルが恐怖に狂って起こした』って、前に常連のおじさんが言ってたような……」
「なるはど。そういう情報が流れてたんだな」
 ツチノヤの顔が曇る。頭の中でラプラの発言を精査しているのだろう。彼女の聞いたことはあくまでハーフブルス側の人の発言だ。それなら当然、別の見方もあるはず。
「デムセイル側はどんなこと言ってたの?」
「俺はそっち側じゃないんだが……まあ、話は聞いてる。あいつらとしては、先手を打つつもりだったんだよ。ハーフブルスの北西端、山嶺が延びるエルナ地方」
 エルナ。そこは、僕がマギやライラックと義勇団の活動をしていた場所だ。
「でも、エルナを流れる川は北に流れてくよ。首都のある場所からは逸れるし、流域は離れてる」
「確かにそうだな、ヘルク。だがそれでも犠牲はあっただろう。水源を腐毒で汚すのは実に効率がいい。更なる犠牲を見越して、潰そうと判断したのかもしれないな」
「そう……なのかな? お客さんの中には、時々兵士や義勇兵もいたよ。それに彼らの応援隊もいて、時々酒場の外でするように歌ってたりした。すごく血の気が多くて、まるで戦いが起こってほしいみたいだった」
「そんなこと、エルナの人達は全く言ってなかったような……」
「まあ、一枚岩じゃないんだろうさ。街には田舎よりも人が多いし、青臭い連中もいる。俺が言えた義理じゃないけど」
 なるほど、どうやら僕とラプラとでは住んでいた環境が違っていたようだ。エルナには戦うよりも生き残ろうとする人の方が多かった。戦いの匂いから離れたラプラのいる街なら、戦いたがっている人がいるのもある意味必然だろう。『生き残る』なんて思うほどの場所じゃないのだから。
 だけど、じゃあどうして彼らは戦いをしようとする? 兵士や義勇兵ならまだしも、その『応援隊』が戦いを望む理由はなんだ? 一つ理由があるとするなら――
「街の人には戦いを望む人が多かったのは、そんなことを言いふらす人が他にいたってこと?」
 僕がその疑問を言うと、ツチノヤは「そうだな」と答えた。
「街にはそういう奴がいるんだよ。夕方、人々が仕事を終えて疲れた身体を家路に向かわせる頃、奴らは現れる。ある時は目抜き通りと路地の分岐に。またある時は、仕事後の楽しみとして訪れる、劇場の舞台に」
「……!」
 僕は息を呑んで、ツチノヤに向けて目を見張った。
「観たことあるのか?」
「ある。あれって、やっぱりそうだったんだ」
 マギが零した「違う」という言葉の意味が、ここにきてようやく形を成した。
「ヘルク、そこで何を観たの?」
「のこと。鉄の杖を持った兵士が、染料の弾を撃ったんだ。本来は撃ち倒すところだったのに、彼は敵を助けた。貴様はに選ばれたから、って。最後に、兵士と敵がに忠誠を誓うところで話は終わる」
「そんな話の劇、確か私の街でも評判だったよ」
「……話が繋がったな。そういうことさ。奴らはそうやって戦いへの意志を芽生えさせる。ああ、奴らといったが、俺もそうだよ」
 その話に、僕ら二人は呆気にとられた。それから間もなく現れる驚きを溢れ出さないように、口を抑えた。
「いいリア……コホン、反応だな」
「だから君はあの時あんなに恐ろしかったんだね」
「あれもいい反応だったぞ〜、ヘルク」
「待って。それじゃあツチノヤも共犯だよね?」
「あー……それは後日懺悔する、ラプラ。まあ、ここで兵士やってる時点で償ってるようなものさ」
「はあ……それより話の続きは?」
 僕は不機嫌と呆れの両方を募らせて、彼に話を促す。しかし彼はここでさらに予想を裏切ることになる。
「その話なんだが……ちょうど良いとこだし、ここで切り上げるよ」
「え……どうして? 私気になるんだけど」
「長話は眠くなるだろ? それに、良いところで終わらせるのも話を聞かせる常套手段さ。故郷の森でやってた講談がここで活きるなんてね」
「眠れなくなる方が問題だし、大体次会えるかは――」
「いやいや、お前らまだ傷病兵だろ。傷を癒しながら楽しみに待てよ。そういう心持ちの方が、どんな傷も早く治るぜ」
 無理矢理話を終わらせた後、ツチノヤはラプラに目配せして、隠し持った火消しで灯を消した。ああ、これで話は締められた。
「それじゃあまた明日だ。静かに帰るぞ、寝床につくまでが隠密行動だ」
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