第2話

文字数 1,201文字


■ママ(6時58分)


 朝。長男がバイトから帰ってきて、自分の部屋の扉を閉める音が、私を起こしてくれる。いちおう保険で目覚ましはかけているけれど、いつも鳴る前にアラームを手で止めている。

 隣で眠っている子どもたちを起こさないように、静かに布団から抜け出る。冷え切った部屋の空気に震えながら、椅子にかけていたカーディガンを手に取り、肩にかけた。

 リビングに出てくると、さっきまで息子がいたせいか、ソファのあたりに人の気配とぬくもりがある気がする。

 あくびをしつつテレビを付ける。まだ家族が寝ているから大きな音は出せない。でも長男の気遣いか、たいてい音量は最低になっている。朝のエンタメ系ニュースを観ながら歯を磨いていると、だんだんと目が覚めてくる。

 エプロンをかける頃になったらもうすっかりお弁当作りのモード。冷蔵庫を開けて取り出したのは、夜のうちに仕込んだハンバーグのタネ。そしてタッパーに入ったきんぴらごぼう。

 ここからは私の勝負の時。フライパンに油を引き、テレビに表示された時刻とリモコンの位置を確認する。残された時間はあと20分。手際よくラップを外してからの私は、まるでお店の料理人のような手際の良さを見せる。

 この姿を誰かに褒めてもらいたい気持ちもある。でも早朝の台所に拍手をくれる観客なんていない。ちょっと寂しいけれど、これでいいんだと思う。誰もいないから、自分のやり方で料理ができる(ちょっとのつまみ食いも)。もちろん文句も言われない。

 ただ自由といっても、まったくルールが無いわけじゃない。毎日時計が58分になるまでに、お弁当を作ると決めている。その理由は……。

 大丈夫、今日も順調に進んでいる……え、待って、残りあと5分? 予想よりも時間が経っていた。いつもある場所に弁当箱のフタがなくて、ちょっと時間をロスしたせいだ。きっとあのイタズラ坊主たちのせいに違いない。

 あと2分。もう料理は作り終えている。あとはお弁当箱に詰めるだけだ。早く! 急いで! 手が職人のように精密に動き、あるべき場所に、おかずを並べていく。

 あと1分。フタを閉めてロックして、ランチバッグの水筒の横にしまい込む。

 終わった! 時間は57分!

 すでにテレビの映像は、デジタル放送のメニュー画面へと、自動的に切り替わっていた。

 片方のスリッパが脱げるのもおかまいなし。リビングを早足で横切った私は、ソファに置いてあるリモコンをぱっとつかんだ。

「今日の色は……うん、赤!」

 タッチの差で間に合った。じゃあいくよと、今日のゲスト出演者が腕を振り上げて――。

「ジャン、ケン……ポン!!」

 相手が差し出したその手の先を見て、私はニヤリと笑った。

「やった! 今日も頑張れる!」

 私の声と同時にリビングの扉がゆっくりと開いた。勝利の叫びを聞いて子供が起きてしまったか。

 私は最愛の子どもたちを朝一番の笑顔で出迎えた。

「おはよう!」
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