第3話
文字数 2,082文字
「――犬と猿と雉はどこに行ったの?」
「え? おるやん」
「違う。最後の一行をもう一度よく読んでみてくれ」
「『そして三人は、宝物のおかげで幸せに暮らしましたとさ』……あれ? ホンマや、おらんで。さっきまで一緒に帰って来てたのに。野に帰ったんやろか」
「明らかに不自然だよね。これだけ有能なペットなら、このまま飼い続けることだって問題ないはずだよ。この行間から何か読み取ってくださいと言わんばかりだ」
「じゃあ読み取れや文系」
「昔話……敢えて描写されない三匹……桃太郎の優しさ……」
「桃太郎の性格はお前の後付けやけどな」
「――わかったぞ」
「お。教えてくれや」
「考えるべきは三匹が居ない状況についてだ。ここで思い浮かぶ推論は三つ。一つ、帰り道で彼らは野に帰って別れた。二つ、人間だけを数えたから『三人』となっている。そして三つ、お供は大人の事情で描写されなかった」
「何や大人の事情て。三つ目だけおかしない?」
「まぁ待って。一つずつ処理していこう。まずは一つ目、お供と帰り道で別れた、だ」
「これが本命ちゃうん? 途中で群れに戻ったんやろ」
「いや、それはないと思ってる」
「何でや」
「報酬だよ」
「報酬?」
「覚えてるよね? 彼らが鬼退治のためにもらったものを」
「きびだんごやろ? 何がおかしいねん」
「ブラックか! よりにもよって命を賭けるのに団子一個は無いだろ! 社会を舐めるな小童が」
「小童て」
「要するにだ。これは登場人物の心情面から否定できてしまう。確かにお供は最初、きびだんごをもらうという契約で旅に出た。しかし、彼らが大量の金銀財宝を目の当たりにして考えを変えないだろうか? いや、ない」
「反語や。強い否定や」
「これによって一つ目の推論である『野に帰った』ことが否定され、お供は財宝狙いで桃太郎の家まで付いて行ったことが示唆される。これを踏まえて次に行くぞ」
「野生動物が金銀財宝欲しがる部分は疑問やないんかい」
「二つ目は人間だけを数えたという説。これは読んで字のごとくなんだけど、大きな問題を抱えている」
「さっきの推論のせいで、お供が付いて来たことが確定しとるもんな。お前が言うところの不自然な表現になってまうで」
「その通り。ここまで引っ張っておいた動物たちを差し置いて、人間だけにフィーチャーするのは不自然だ……だけどもし、三匹が『三匹』として認識されない事態に陥っているとしたら?」
「……は? 何やそれ。ちゃんとわかるように説明せいや文系」
「死体だよ」
「は?」
「死体だよ」
「いや何回繰り返したって意味わからんで」
「順を追って説明しよう。まず桃太郎とお供は全員で元気に鬼ヶ島を出た。そして桃太郎の家に帰りお爺さんたちと会った。しかし最後には三人だけで暮らしている。つまり、桃太郎の家に着いた後、もう一悶着巻き起こったんだよ」
「何や、一悶着って――あ、そういえば一つ目の推論を踏まえてって……」
「ズバリ報酬の問題だ。揉めたんだよ。金銀財宝の取り分で」
「いやでも、桃太郎は心優しいってことになったやん。いくら何でも金目当てで殺さんやろ」
「確かにそう。桃太郎はお供を殺さない。それはこの作品で彼に与えられたパーソナリティを逸脱してしまう」
「昔話に横文字絡むの無駄にムカつくんよな」
「もう一度よく考えてくれ。桃太郎は殺さない。だけど、彼らはもう一人と三匹の集まりじゃないんだよ」
「ま、まさか……」
「――お爺さんとお婆さん。犯人は彼らだ」
「ちょい待てや! いくら何でも無理があるやろ! 二人とも桃太郎を育てた優しい夫婦やぞ」
「誰が優しいなんて言った?」
「……え?」
「作中において、お爺さんとお婆さんの性格に触れた部分なんて一つも無いんだ。つまり、彼らには個性がなく、俺たち読者が気づかない『何か』を孕んでいたっておかしくない。敢えて描かれなかった二人のパーソナリティが、この事件の犯人を示していたんだ」
「さっきから思っとったけど、いつから推理小説の話しとんや」
「金銀財宝の取り分が減ると思った夫婦は犬、猿、雉を殺害した。そしてそれはおそらく、桃太郎に見つからないように。彼の優しさだけは裏切らないために、彼らの死体はどこかへ隠したんだ。それがこの『三人』だけの描写の真実だよ」
「それ結構重要な話やろ。実際にそうなら書かれないのはおかしいで」
「俺もそう思った。だけど、この状況の違和感が取り除かれる最後の推論がある。それが三つ目だ」
「大人の事情ってやつか?」
「さっきお前が言っていただろ? これは昔話だ。子どもに見せることが主である以上、財産目当ての殺害やお爺さんたちの歪んだ性格を見せる訳にはいかない。だからこの部分は描かれなかった。言わば叙述トリックの一種なのさ」
「なのさ、ちゃうわ。昔話の本質を守った人間を愚弄すんな」
「世に出回る桃太郎……古より秘められた真実を、今解き明かしてしまったよ」
「カッコ悪っ。決め台詞カッコ悪いなこの探偵」
「さぁ、舞台は整ったよ。これで納得のいく『桃太郎』が出来上がるはずだ」
「色々言い足りんけど、まぁええわ。じゃあお前が書き足した桃太郎を朗読すんで」
「え? おるやん」
「違う。最後の一行をもう一度よく読んでみてくれ」
「『そして三人は、宝物のおかげで幸せに暮らしましたとさ』……あれ? ホンマや、おらんで。さっきまで一緒に帰って来てたのに。野に帰ったんやろか」
「明らかに不自然だよね。これだけ有能なペットなら、このまま飼い続けることだって問題ないはずだよ。この行間から何か読み取ってくださいと言わんばかりだ」
「じゃあ読み取れや文系」
「昔話……敢えて描写されない三匹……桃太郎の優しさ……」
「桃太郎の性格はお前の後付けやけどな」
「――わかったぞ」
「お。教えてくれや」
「考えるべきは三匹が居ない状況についてだ。ここで思い浮かぶ推論は三つ。一つ、帰り道で彼らは野に帰って別れた。二つ、人間だけを数えたから『三人』となっている。そして三つ、お供は大人の事情で描写されなかった」
「何や大人の事情て。三つ目だけおかしない?」
「まぁ待って。一つずつ処理していこう。まずは一つ目、お供と帰り道で別れた、だ」
「これが本命ちゃうん? 途中で群れに戻ったんやろ」
「いや、それはないと思ってる」
「何でや」
「報酬だよ」
「報酬?」
「覚えてるよね? 彼らが鬼退治のためにもらったものを」
「きびだんごやろ? 何がおかしいねん」
「ブラックか! よりにもよって命を賭けるのに団子一個は無いだろ! 社会を舐めるな小童が」
「小童て」
「要するにだ。これは登場人物の心情面から否定できてしまう。確かにお供は最初、きびだんごをもらうという契約で旅に出た。しかし、彼らが大量の金銀財宝を目の当たりにして考えを変えないだろうか? いや、ない」
「反語や。強い否定や」
「これによって一つ目の推論である『野に帰った』ことが否定され、お供は財宝狙いで桃太郎の家まで付いて行ったことが示唆される。これを踏まえて次に行くぞ」
「野生動物が金銀財宝欲しがる部分は疑問やないんかい」
「二つ目は人間だけを数えたという説。これは読んで字のごとくなんだけど、大きな問題を抱えている」
「さっきの推論のせいで、お供が付いて来たことが確定しとるもんな。お前が言うところの不自然な表現になってまうで」
「その通り。ここまで引っ張っておいた動物たちを差し置いて、人間だけにフィーチャーするのは不自然だ……だけどもし、三匹が『三匹』として認識されない事態に陥っているとしたら?」
「……は? 何やそれ。ちゃんとわかるように説明せいや文系」
「死体だよ」
「は?」
「死体だよ」
「いや何回繰り返したって意味わからんで」
「順を追って説明しよう。まず桃太郎とお供は全員で元気に鬼ヶ島を出た。そして桃太郎の家に帰りお爺さんたちと会った。しかし最後には三人だけで暮らしている。つまり、桃太郎の家に着いた後、もう一悶着巻き起こったんだよ」
「何や、一悶着って――あ、そういえば一つ目の推論を踏まえてって……」
「ズバリ報酬の問題だ。揉めたんだよ。金銀財宝の取り分で」
「いやでも、桃太郎は心優しいってことになったやん。いくら何でも金目当てで殺さんやろ」
「確かにそう。桃太郎はお供を殺さない。それはこの作品で彼に与えられたパーソナリティを逸脱してしまう」
「昔話に横文字絡むの無駄にムカつくんよな」
「もう一度よく考えてくれ。桃太郎は殺さない。だけど、彼らはもう一人と三匹の集まりじゃないんだよ」
「ま、まさか……」
「――お爺さんとお婆さん。犯人は彼らだ」
「ちょい待てや! いくら何でも無理があるやろ! 二人とも桃太郎を育てた優しい夫婦やぞ」
「誰が優しいなんて言った?」
「……え?」
「作中において、お爺さんとお婆さんの性格に触れた部分なんて一つも無いんだ。つまり、彼らには個性がなく、俺たち読者が気づかない『何か』を孕んでいたっておかしくない。敢えて描かれなかった二人のパーソナリティが、この事件の犯人を示していたんだ」
「さっきから思っとったけど、いつから推理小説の話しとんや」
「金銀財宝の取り分が減ると思った夫婦は犬、猿、雉を殺害した。そしてそれはおそらく、桃太郎に見つからないように。彼の優しさだけは裏切らないために、彼らの死体はどこかへ隠したんだ。それがこの『三人』だけの描写の真実だよ」
「それ結構重要な話やろ。実際にそうなら書かれないのはおかしいで」
「俺もそう思った。だけど、この状況の違和感が取り除かれる最後の推論がある。それが三つ目だ」
「大人の事情ってやつか?」
「さっきお前が言っていただろ? これは昔話だ。子どもに見せることが主である以上、財産目当ての殺害やお爺さんたちの歪んだ性格を見せる訳にはいかない。だからこの部分は描かれなかった。言わば叙述トリックの一種なのさ」
「なのさ、ちゃうわ。昔話の本質を守った人間を愚弄すんな」
「世に出回る桃太郎……古より秘められた真実を、今解き明かしてしまったよ」
「カッコ悪っ。決め台詞カッコ悪いなこの探偵」
「さぁ、舞台は整ったよ。これで納得のいく『桃太郎』が出来上がるはずだ」
「色々言い足りんけど、まぁええわ。じゃあお前が書き足した桃太郎を朗読すんで」