灯り

文字数 1,161文字

直子1
うちの照明は少々明るすぎる。
リビングのシーリングライトは真っ白く光り、部屋全体を隅々まで照らす。
だから、出勤前に散らかした化粧ポーチの中身も、カーペットにくっついた自分の長い髪の毛も、見たくないのに見えてしまう。
この部屋で一日の疲れを癒すのはなかなか難しい。

現実逃避のため、オレンジ色にうすぼんやりと光る電気スタンドをリビングに置いた。
天井の電気を消しスタンドの電気をつけると、部屋中のものが柔らかな色に包まれて、穏やかに統制を保ち始める。ばらばらの化粧品だって、ずっと開けてない郵便だって、優しい灯りの中で見れば映画のワンシーンみたいだ。
だから三浦家のリビングは片付かない。

京平1
うちの照明は少々暗すぎる。
くたくたでアパートの下までたどり着き自分の部屋を見上げても、豆電球のような灯りしかともっていない。
まるで一人暮らしの部屋に帰るようだ。でもきっと、玄関の鍵はもう開いている。

「おかえり。」
玄関を開けると直子がおたまを持ったまま迎えに出てきた。
相変わらず部屋は暗い。おたまからは味噌汁だろうか、何か液体が点々と滴っている。
「直子、またこんな暗いところで過ごしてんの。目が悪くなるよ。」
僕はリビングの電気に手を伸ばす。「えー、やだやだ明るすぎるよー。」と直子は駄々をこねたが構わない。部屋が暗いから、味噌汁がたれていることにも気づかないのだ。
直子の頭を撫でて、着替えを取りに行く。

リビングに戻ると、直子がせっせとテーブルの周りを片付けていた。
「明るくなると、散らかってんのが気になっちゃうんだよね。」
リビングが散らかっているのは気になるくせに、加熱しすぎて沸いてしまった味噌汁は気にならないらしい。
僕は鍋の火を止めて、直子が鍋に突っ込んだままにしていたおたまでお椀に味噌汁を取り分ける。
「あ、しまった、味噌汁沸いちゃったかもしれない。」
「もう火も止めて器によそったよ。」
直子は驚いたように僕を見つめ、「京ちゃん、めちゃめちゃ仕事できるね。」と言った。
直子が所謂「天然」であることは、まだ直子には内緒にしている。

直子2
京ちゃんがよそってくれたごはんと味噌汁と、昨日の作り置きのハンバーグを食べたあと、お風呂に入ってあがってくると、京ちゃんはソファに寝転がって本を読んでいた。本のタイトルは「真のマーケティングとは何か」。横向きに寝転がって
、本に顔が埋まるくらいの距離で読んでいる。
近づくと案の定眠っていた。
本が折れてはいけないので手元からどかす。影になっていた顔が現れ、眉間にシワができる。
「目が悪くなるよ。」
呟いてみたが反応はない。
天井の灯りを消して電気スタンドの灯りをつけた。京ちゃんの眉間のシワは消え、口元にうっすらと笑みが浮かんだ。
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