頑張れ、俺!

文字数 3,724文字

「幹事の佐藤です、それでは恒例のクリスマスパーティを始めたいと思います、と言っても今年はオンラインパーティですが」
 
 俺は大学三年、所属するテニスサークルの宴会部長を仰せつかっている。
 まあ、正式に宴会部長と言う役職があるくらいだから、サークルの『本気度』は推して知るべしだ。 
 大学で何のサークルにも入らないのはちょっとつまらない、大学生の自由な暮らしを満喫しながら仲間を作れて、適度に身体を動かせて、出来ればカレシ、カノジョも欲しいな……と考えて見まわした時、ちょうど良さそうに見えるサークルと言ったところだ。
 活動は週に1回、練習はそこそこ真面目にやるが、どちらかと言うとその後の飲み会の方が盛会で、なんやかやと理由をつけて練習には出て来ない癖に飲み会には駆け付けるメンバーもいるくらいだ。
 そんな中で俺はちょっと異質かも知れない、自慢じゃないがテニスが上手いのだ。
 テニスサークルでテニスが上手いと異質、と言うのも妙な話だが、まあ、ちゃんとした理由もある。
 俺は中学、高校とテニス部に所属して毎日ボールを追っていた、高校3年の時にはもう少しでインターハイ個人戦出場と言う所まで行った。
 俺のプレースタイルは185センチの長身を利したサーブ&ボレー、特にサービスには自信があった、実際、それを武器に勝ち上がって行ったんだ。
 だが、県大会の準決勝でアクシデントは起こった、その日2試合目で、準々決勝も一進一退の長い試合になっていたから俺はちょっと肩に違和感を覚えていた。
 準決勝も長い試合になった、そして最終セット、ゲームカウント5-4とリードしたサービスゲームで渾身のサービスを放った時、突然俺は腕が抜けたような感覚に陥った。
 そしてそれっきり腕が上がらなくなり棄権を余儀なくされた……。
 肩の怪我は思っていたより重傷で、俺は競技としてのテニスからは離れざるを得なくなった。
 今でも肩の調子は万全とは言えないから渾身のサーブは打てないが、このサークルに所属しているメンバーと言えば、子供の頃テニス教室に通っていたとか、中学で軟式の経験があるとか、高校では一応テニス部だった、と言う辺りが多い、その中では5分の力で打ってもサーブの威力はピカイチ。 高校時代はグランドストロークが苦手な部類だったが、このレベルでなら全力で打てなくてもコントロールショットで手玉に取れる、ボレーに至っては肩の影響もほとんどないからネットについた俺を抜くのは容易じゃない。
 正直、入学してこのサークルを選んだ時、女の子にモテモテになることを期待していた。

 しかし現実は想像通りに進まないのが世の常。
 確かにコートに立っている時、俺はスターでいられる、だが、その後の飲み会となると埋もれてしまうのだ。
 俺は山形の出身、それも盛岡からは結構離れた地方だったから訛りがあるんだ。
 もちろんじっちゃんばっちゃんとは違って普段から標準語を使ってはいる、しかし、そのつもりで話していても『東北?』と聞かれることが度々ある、アクセントや知らずに使う方言でわかるらしい、そんなこともあって、どうしても今一つ積極的になれないのだ。
 服装も高校までは学生服とジャージばかり着ていたので流行りの服装はどうも気恥ずかしくて着れない、いかにも東北男子と言った感じの顔立ちだからしゃれた服が似合うとも思えないし……。

 そんなわけで『来年こそ彼女が欲しいな』と思いつつ2年が経ってしまった。
 宴会部長に名乗りを上げたのは、テニス以外でも自信を持てるようになって、飲み会でも人気者になりたい……とりわけ女の子に……と思ってのことだった。

 ところがどうだ……。
 忌々しいウィルスのせいで今年はまだ登校さえしていない、当然練習も出来ない。
 それでも一応サークルには新入生も入って来ているし、オンライン飲み会は定期的にやっているが、俺の一番の見せ場であるコートには立てないし、飲み会の仕切りもオンラインでは議長のようになってしまうばかり。
 今日は一応クリスマスパーティと言うことで、宴会部長が代々受け継いで来たサンタのコスチュームを着ているがオンラインでは一人浮いているだけ、しかも濃い目の顔立ちだからサンタの白髭は全然似合わないし。
 こんな道化をやるために宴会部長に立候補したわけじゃないんだけどなぁ、などと考えながら、今一つ盛り上がらなかったオンラインパーティは終わった。
「じゃぁな」
「ああ、また」
 最後の一人が退出して、俺も退出ボタンを押そうと思った時だった、一人入って来た者がいる。
 誰だよ、今頃になって……そう思ったのだが、俺の目は液晶画面にくぎ付けになった。
 そのタイミングで入って来たのは新入生の中でひときわ可愛いと評判の佐々木純子だったからだ。
「あれ? さっきまでいたよね」
「はい、戻って来ちゃいました」
「何か用事?」
「佐藤先輩と二人でお話ししたくて……」
「あ……そうなの?」
 ああ、こう言う所が間抜けなんだよな、『へぇ、嬉しいよ』くらいスンナリ言えればいいのに。
 佐々木純子にはもちろん俺も惹かれていた、髪も染めていないし化粧っ気もほとんどないのだが地が良いと言うんだろうか、それでも目を惹く。
 色白で清楚な感じ、と言うよりも透明感があると言っていいくらいなのだ。
 そしてオンライン飲み会ではあまり話さず、もっぱら聞き役に回って微笑んでいることが多い、そんな控え目なところも好ましい……もっともそれを好ましいと思う男は俺だけじゃなくて、ライバルも多いのだが……。
「先輩、山形ですよね?」
「そうだけど」
「あたしも山形なんです」
「へぇ、そうなんだ」
 なるほど、言われてみれば、県は隣だが秋田美人の特徴を備えている……そういうことをぱっと言えればいいんだが、『へぇ、そうなんだ』の後にちょっと空白を作ってしまうところが俺の冴えないところなんだよな……。
「3年前の県大会、あたしもスタンドで見てたんです」
「そうなんだ……でもどうして?」
 まただ……すぐに『うれしいよ』くらい言えれば……。
「あの時あたしもテニス部に入ったばかりで、高校の先輩が勝ち進んでたから応援に」
「ああ、そう」
 まあ、俺目当てだったなんてことはないよな……。
「準決勝からは女子、男子の順番でセンターコートでの試合だったでしょう? だから佐藤先輩の試合も見てました、豪快なサーブ&ボレーでカッコいいなぁって……」
「ああ、そりゃどうも……」
 ああ、まただ、もっと素直に喜べばいいんだよ、実際そう言われて嬉しいんだから……。
「大学入ってもテニスサークルに入ろうって思って、いろんなサークルの名簿見てたら佐藤先輩の名前があって、『わぁ』って思って……あのあと肩はどうなんですか?」
「うん、まあ、楽しみでテニスをするくらいなら問題ないんだけどさ、もうあの頃のサーブは打てないよ」
「それでサークルに? 体育会じゃなくて」
「そんなとこだね」
「残念でしたね……あたしにとっては良かったけど」
「どういうこと?」
「あたしなんかへたっぴだから体育会のテニス部なんかとても……でもサークルでなら先輩と一緒になれたから……」
「……」
 ああ、俺の朴念仁! なんとか言えよ!
「コロナのせいで今年はまだ練習出来てませんけど、テニスコートでご一緒出来るのを楽しみにしてます」
「あ、うん……」
 おい、俺! ここで何か言わないと後悔することになるぞ!
「そうだ、高校でテニスやってたんでしょ? だったらミックスダブルス組まない?」
 う~ん、微妙だが、まあ、俺にしてはまだ良くできた方か……。
 ふと気づいたんだが、彼女にも少し山形のアクセントがある、そのおかげで話しやすいのかも……って言うか、彼女がオンラインで口数が少ない理由もそこかも……。
「本当ですか? でも部活でやってたわりにはへたっぴですよ、ずっと補欠だったし……」
「そんなの良いよ、インカレ目指すとかじゃなくて、楽しみでやってるんだから、好きな子とミックス組めるなら最高だよ」
 あ……ポッと言っちゃった……ああ、でも良いぞ、上出来だ、俺!
 彼女の白い頬にポッと赤みがさしたような……ひいき目かな。
「……先輩、さっきチキンやピザよりも納豆餅のほうが好きって言ってましたよね」
「あ、うん……言ったと思う」
「あたしもなんです、美味しいですよね、納豆餅」
 そう言って輝くばかりの笑顔を見せてくれた、もちろん俺も……まあ、俺のは『輝くばかり』かどうかは知らないけど。
「お正月は山形に帰るんですか?」
「うん、25日まではバイトがあるから、それから帰ろうかと思ってる、雪おろしも手伝ってやらなくちゃいけないし」
「もう新幹線の切符も?」
「あ、まだだけど」
「あたしが予約しても良いですか?」
「え?」
「一緒に帰ってもらえませんか?」
「あ、もちろん良いよ、良いのかな? お願いしちゃっても」
「はい」
「じゃぁ……頼むね」
「はい! 取れたらメールしますね」
「うん、お願いするよ」
「……じゃぁ、また……」
「うん、またね……」

 画面から彼女が消えると、俺は思わずガッツポーズした。
 この先は粘りと腰の強さで……そう、納豆餅のようにね。
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