第2話 高校の7不思議

文字数 2,264文字

 私の高校には7不思議があった。あった。そう、これは過去の話。
 3年前、1人の男子生徒が高校3年生になった時、7つあった不思議の内6つを不思議ではなくさせた。高校に転がっていた不思議は原因不明なものではなく、論理的に説明可能なものになった。しかも彼は在校生に不思議ではない根拠を説明するに留まらず、今後入学してくる後輩たちのために、その理論を論文にまとめた。私たちはそれを読めば、かつて不思議だったものが、どのような過程で不思議ではなくなったのか詳細に知れる幸運を預かっている。
 つまり、現在私たちの高校には7−6不思議がある。
 男子生徒の名は吾妻遷。私たちにとって彼は偉人なので、フルネーム呼び捨てで呼ばれている。私もそれに倣う。
 吾妻遷は1つの不思議を不思議のままにした。全ての解決はできなかったのか。または解決できたのに未解決のままにしたのか。全校生徒にアンケートを取ったわけではないが、後者だと考える人の方がやや優勢だと思われる。
 仮に吾妻遷がわざと最後に1つの不思議を残したとしたのなら、それも1つの不思議としてカウントされうる。それなら高校の不思議は残り2つなのでは?
 いや、厳密に言うと、2個目の不思議は吾妻遷にまつわる不思議であり、私たちの高校の不思議ではない。吾妻遷が在学時ならまだしも卒業した現在では、吾妻遷の高校に及ぼす影響も薄れているから、高校の不思議の1つと銘打つには力不足だ。吾妻遷の7不思議については割愛するが、もし知りたいという声が多ければ、単行本の巻末におまけコーナーとして載せようと思う。あ、間違えたこれ漫画ではなく小説という媒体だった。じゃあ無理じゃん。
 私がこの7−6+1−1不思議について知ったのはみずみずしい昨日。
 ちょうど品川区でスナップエンドウが握りつぶされた時間と時を同じくして、私の前に忍び寄る影が2つあった。森本環奈と久住麻希。クラスのカースト上位コンビ。二人は今世紀最大の大喧嘩を乗り越え、雨降って地固まるを座右の銘に選出しそうな勢いがある。しかし、雨降って地が固まったのは二人だけではなかった。まずい、そんな展開にする気はなかった。また間違えてしまった。「若いうちはいっぱい間違えて、それを糧に成長していけばいいんだ」と私の実家の向かいのマンションに住む高宮おじさんが言っていた。一方で「同じ間違いを二度と繰り返してはいけないよ」と高宮おばさんは言っていた。二人がなぜ結婚したのか私には不思議だった。吾妻遷ならこの不思議も解決して、論文にしてしまうのかな。
 久住は私の顔を覗き込んだ後、私が食べていたおにぎりの具材を一瞥した。
「なんで、こんなところでご飯食べてるの?」
 私は学校の中庭の西棟側に設置された誰かの石像の隣に腰かけてランチタイムを勤しんでいた。こんなところ呼ばわりされる筋合いはない。私は日々昼食を食べる場所を変えたい。毎日教室か食堂で食べるなんて考えられない。私がその日食べたい場所を探して確保して食事をしており、松島はそれに付き合ってくれることもあるが毎回ではない。今日は松島とは共存できない日だった。
「いろんなところでご飯食べたいんだよね、私。二人はここで何してるの?」
 森本は久住の半歩後ろにいた。基本的な二人の陣形だった。対外交渉は久住の担当、重要事項の決定は森本が下す、そういう役割分担と私は勝手に思っている。
「この石像を見に来た。ほら吾妻遷の聖地巡礼、って感じ?」
「吾妻遷?」
 私はここで初めて吾妻遷の詳細について久住から説明された。久住は吾妻遷に恋しているように饒舌に語った。いや、主観がすぎた。
 今の在校生は吾妻遷と高校生活を共に過ごしていない初めての世代になる。去年の卒業生までは吾妻遷の顔を知っているのだろうが、私たちは想像するしかない。久住は吾妻遷をインテリの美男子として想像しているに違いない。小説を読んだ時に登場人物の細かな描写がなければ、無意識で美男美女で想像してしまうように。
「この石像は何が不思議だったの?」
「これはね。石像の手を見てよ。指がピンと伸びているでしょ。しかも両手とも。人って手に意識が向いてない時は若干指が曲がってるのに、この石像はそうじゃない」
「主語でかいな」
 森本がなんだか変なツッコミをしていたがそこは一旦放置した。これを不思議とした人がむしろ不思議だなと思った。これが7つ目だったのだろうか。無理やり不思議とした感じが否めない。そんなこと放っておけばいいのに。
「これも吾妻遷が不思議じゃなくしたんだよね? どういう理由で指が真っすぐだったの?」
 不思議といえば不思議ではあるから一応尋ねた。
「何だっけ?」
「私は覚えてない。っていうか論文ちゃんと読んでない」
 二人はギバーではなかった。
「まあざっくり言うと予算の問題なのかな。たしかそうだった気がする」
 なぜ指が曲がると予算が増えるのか、皆目見当もつかない不思議が増えてしまった。親不思議が子不思議を生み落とした。
「これから、まだ解き明かされてない不思議があるとこに行くけど、みいこも来る?」
 久住は石像の不思議にはもう興味がないみたいだった。私は面白そうだったから二人のお供をすることにした。
「私は行かないよ」
 森本はそう言ってその場から動こうとしなかった。二人は足並み揃えといてほしいが、揃った日には同一化してしまうことを思えば、揃え過ぎないこともまた多様性なのかとも思った。
 次回も吾妻遷のお話。
 最後に吾妻遷プチ情報なのだが、吾妻遷は丸顔らしい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み