勇士、東へ
文字数 1,497文字
「戦場に死を撒き散らす架空の将軍を作り上げ、その噂を撒く。逆らえば一城まるごと皆殺しにすると脅し、敵の心に恐怖を刻み込む。そうして戦意を奪うための存在、それが黒死将でしょう」
優しすぎるオリガと、彼女が見せてくれた頭蓋骨の塚の絵はどうしても似つかわしくない。両者を矛盾なく整合させるには、オリガが恐怖の象徴を演じているのだと考えるしかなかった。そうすることで、彼女は一人でも多くのロージャ人を救おうとしていたのだろう。
「だが、トヴェリに投げ込まれたロージャ兵の首はどう説明する?あれは作り物などではないぞ」
「あの首は腐っていて顔がよく判別できませんでしたが、髭は薄いと思いました。恐らくあれはロージャ兵ではなく、ジャライル兵にロージャの兜をかぶせたものかと」
「ほう……ロージャにも知恵の回る者がいたか。よくぞ見抜いた。あれはジャライルの罪人の首だ」
ウルグは満足気にうなづくと、言葉を継いだ。
「ならば、ついでにもうひとつ知恵を働かせてみよ。お前の望み通りオリガを黒死将の地位から追ったとして、誰が代わりを務めるのだ?」
僕はしばしの間考え込んだが、すぐに覚悟を決めた。一刻も早く、オリガを不吉な二つ名から開放してやりたかった。
「僕が黒死将になります」
ウルグは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、やがて体を揺すって大笑いした。
「オリガよ、そこの少年に捕まった時点でそなたは黒死将失格だ。今から庶人の身分に落とし、放逐とする。どこなりへと行くがいい」
その言葉に、僕はようやく胸を撫でおろした。僕が彼女の首元から剣を戻すと、オリガは馬上のウルグに問いかける。
「しかしウルグ様、まだトヴェリの罪人の処分が済んでおりませんが」
「実は、今はそれどころではないのだ。急ぎ伝えねばならないことがあってな」
「何があったのでしょう?」
「大汗 が身罷 られた」
雷に打たれたように、オリガはその場で身を固くした。
「我等は急ぎバルガ高原へ戻り、族長選出会議 の準備を始めなくてはならない。辺境の小城など捨て置け」
オリガがようやく安堵の息を漏らした。その様子を見て、僕の心も一段と軽くなった。気がつくと、すでに夕日が地平線の彼方へ沈もうとしている。草原を吹き渡る風が、ひときわ肌寒く感じられた。
◇
「どうしても行くのね、ユーリー。ならせめてこれを持っていって」
出立の準備をする時間を、僕は一晩しか与えられなかった。眠い目をこすりながら、僕はトヴェリの城門の前でオリガからお守りの木彫りを受け取る。
「これは、狼?」
「そう、ジャライルの人たちは、皆狼の子孫なんだって聞いてるから。貴方はこれからウルグ様の親衛隊 で鍛えてもらうんだから、これがふさわしいと思って」
僕は狼の木彫りを首からぶら下げると、城門の外に目をやった。朝日が萌黄色に染め上げる草原の中に、点々と白い帳幕 が立ち並んでいる。これから僕もあのジャライルの住居とともに、はるか東の彼方のバルガ高原を目指さなくてはならない。
「必ず、生きて帰るのよ。私にとっては、貴方こそが本物の勇士 なんだから」
僕は無言で笑みを返すと、そのままウルグの待つ帳幕 へと歩きはじめた。黒死将バートルの名が、僕にふさわしいかどうかはわからない。でもせめてオリガの志を継ぎ、できる限り敵を生かすよう力を尽くさなければ──そう思いつつ、僕は狼のお守りを強く握りしめた。その木彫りには、まだオリガの手の温もりが残っていた。
優しすぎるオリガと、彼女が見せてくれた頭蓋骨の塚の絵はどうしても似つかわしくない。両者を矛盾なく整合させるには、オリガが恐怖の象徴を演じているのだと考えるしかなかった。そうすることで、彼女は一人でも多くのロージャ人を救おうとしていたのだろう。
「だが、トヴェリに投げ込まれたロージャ兵の首はどう説明する?あれは作り物などではないぞ」
「あの首は腐っていて顔がよく判別できませんでしたが、髭は薄いと思いました。恐らくあれはロージャ兵ではなく、ジャライル兵にロージャの兜をかぶせたものかと」
「ほう……ロージャにも知恵の回る者がいたか。よくぞ見抜いた。あれはジャライルの罪人の首だ」
ウルグは満足気にうなづくと、言葉を継いだ。
「ならば、ついでにもうひとつ知恵を働かせてみよ。お前の望み通りオリガを黒死将の地位から追ったとして、誰が代わりを務めるのだ?」
僕はしばしの間考え込んだが、すぐに覚悟を決めた。一刻も早く、オリガを不吉な二つ名から開放してやりたかった。
「僕が黒死将になります」
ウルグは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、やがて体を揺すって大笑いした。
「オリガよ、そこの少年に捕まった時点でそなたは黒死将失格だ。今から庶人の身分に落とし、放逐とする。どこなりへと行くがいい」
その言葉に、僕はようやく胸を撫でおろした。僕が彼女の首元から剣を戻すと、オリガは馬上のウルグに問いかける。
「しかしウルグ様、まだトヴェリの罪人の処分が済んでおりませんが」
「実は、今はそれどころではないのだ。急ぎ伝えねばならないことがあってな」
「何があったのでしょう?」
「
雷に打たれたように、オリガはその場で身を固くした。
「我等は急ぎバルガ高原へ戻り、
オリガがようやく安堵の息を漏らした。その様子を見て、僕の心も一段と軽くなった。気がつくと、すでに夕日が地平線の彼方へ沈もうとしている。草原を吹き渡る風が、ひときわ肌寒く感じられた。
◇
「どうしても行くのね、ユーリー。ならせめてこれを持っていって」
出立の準備をする時間を、僕は一晩しか与えられなかった。眠い目をこすりながら、僕はトヴェリの城門の前でオリガからお守りの木彫りを受け取る。
「これは、狼?」
「そう、ジャライルの人たちは、皆狼の子孫なんだって聞いてるから。貴方はこれからウルグ様の
僕は狼の木彫りを首からぶら下げると、城門の外に目をやった。朝日が萌黄色に染め上げる草原の中に、点々と白い
「必ず、生きて帰るのよ。私にとっては、貴方こそが本物の
僕は無言で笑みを返すと、そのままウルグの待つ