０３　専務の椅子

暖(あたた)かくなるとおかしなやつが出てくる。


春の陽気(ようき)に当てられたのか、
娯楽(ごらく)の足(た)りない田舎(いなか)の狂気(きょうき)か、奇祭(きさい)の奇習(きしゅう)か。
こんな考えもステレオタイプか？



親父(おやじ)が検査入院することになり、
俺は休日だというのに出社して、
社長室にある印鑑(いんかん)を押すという
お使いをさせられる。


地元の催(もよお)しに参加して
腰の具合が悪化したらしいが、
病院は暇(ひま)で死にそうだとボヤいていた。


社長には、お大事に。と、
社交的なメッセージを送っておいた。


俺は忙(いそが)しいです。とは送らない。
自分の仕事の効率化(こうりつか)を楽しんでいるからだ。


入社４ヶ月目で社長代理にまで上(のぼり)り詰(つ)めたが、
給料は時給計算するとパートと同等だ。


前より下がった気がするが、
気のせいではない。ここは悪徳企業だ。


誰もいない休日の会社には、
防犯装置(ぼうはんそうち)が切られていた。


それとも前日の帰りに
誰かが装置を入れ忘れたのか。
最後に会社を出るのはいつも俺だが。


誰もいないはずの社長室の扉(とびら)をあけると、
専務(せんむ)とパートの中年女性が一緒になって
社長室で田舎の奇習(きしゅう)を催(もよお)していた。


専務は60手前だというのに、お盛(さかん)んなことだ。


俺はスマホを取り出して録画を始め、
あ然(ぜん)とするふたりに対して質問を投げかけた。


「警察(けいさつ)呼(よ)びますか？」


「待ってくれ！」と、先に専務が慌(あわ)てる。


「合意(ごうい)の上(うえ)ですか？」


パートの女性も慌(あわ)てて首を縦に振る。
ここで嘘(うそ)でも否定されれば大問題だ。
お互いたぶん既婚者だろう。


不倫(ふりん)かぁ…。


まぁ、そうでなくても普通に問題だ。


「ここに入ることを、
　社長(おやじ)が許可(きょか)しましたか？」


「話を聞いてくれ！」


「まだ始めたばっかりなのに…。」


おあずけを食らっても残念がる女性。
首輪(くびわ)までするのは、どこの風習だろう。


「事情があれば弁護士(べんごし)さんに
　相談(そうだん)してください。」


「なにが目的だ！　あっ…
　カケルくんも加(くわ)わるかっ？！」


「その発言もセクハラなんで、
　記録しときますね。」


専務はお気楽セクハラ発言によって、
飼い主様である女性にムチで生尻(なまじり)を叩(はた)かれた。


れっきとした暴行(ぼうこう)だが、同意(ごうい)の上(うえ)であり
プレイの一環として俺は無視した。


「専務は退職希望ですか？」


「いや、いやだ！　定年(ていねん)間際(まぎわ)に…。」


この会社に定年なんてあるんだろうか。


ただ、こんな田舎では
再就職は難しいかもしれない。


「それじゃあ専務。
　誓約書(せいやくしょ)、書いてください。
　もう二度と、このような真似(まね)はしませんと。
　もちろん、ふたりでしてました。
　なんて内容は求めませんから、
　安心してください。」


力強くうなずく専務の悲壮(ひそう)な顔。
プレイの最中(さなか)でなければ多少の同情(どうじょう)もできた。


こうして俺は専務よりも偉(えら)くなってしまった。
休日出勤。給料は据(す)え置(お)き。


以来、わずらわしかった
専務の日頃のセクハラ発言も、
俺の前では完全に鳴(な)りを潜(ひそ)めた。


その後のふたりの関係が
どうなったかは興味ない。


隔週(かくしゅう)に行われる研修にも協力し、
パートたちへの参加も促(うなが)してくれた。


専務と目が合うと
ひどく怯(おび)えるようになったが、
そういう趣味(しゅみ)の人という認識(にんしき)になり、
気(き)の毒(どく)と思うほどの余裕は俺になかった。


結婚しても、不倫(ふりん)をする人はいる。


どんなに信じていようとも、
裏切られるのは一瞬(いっしゅん)だ。


だから俺は他人に期待しないんだろう。



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