2
文字数 7,153文字
ここはどこだろう。さっきまで、何か
「うわ!」
コータローは
「あ、起きた。」
女性の声に驚いて振り向けば、
あれ?成長している。
さっきまで、幼い金髪少女と一緒だった。今目の前にいる少女も金髪だが、もっと年上、外人は大人びて見えるって言うけど、自分と同い年ぐらいだろうか。だとしたら、高校生だ。確かに、着ている服装は、まさに制服その物だが。
「大丈夫?」
何とか聞こえるくらいの小さな声。周囲が静かだから良いが、都会の
「あ、俺、どうしてここに居るか知ってる?」
薄暗いから彼女の表情は良く見えない。それでも
無駄な質問だったかな。
「もう、動ける?」
どういう事だ?俺が倒れている間、付き添っていてくれたと言うのか?
周囲を見回す。どっちを見ても
「ここは
答えてくれないだろうと
「
単純かつ、的確な回答だ。これで動けると回答したら、どうなるのだろう。えらく不安だ。両足、腕、指、肩、首。一通り動かしてみる。特に痛くもなく、意思通りに動く。
「大丈夫。心配させたね。」
きっと、この子も俺の事を知っているのだろう。これ以上心配させない様に、明るく
「じゃ、探すの続ける?」
え?
全身の神経に電気が流れる。
探す?何か探してた?それって。
「…もしかして、探すのって、『無限の辞書』?」
少女はぶるぶると首を大きく横に振る。
「『おしゃべり
「おしゃべり鴉…?」
これまた聞いた事の無い言葉だ。でも、やっぱり、どうしても探さなければならない気持ちになっている。きっと、自分が忘れてしまっている何か約束の
「じゃあ、探しに行こう。」
コータローは、ゆっくりと立ち上がる。それを見て、金髪少女も立ち上がる。立つと頭に気を付けなければならないくらい、洞窟の天井は低い。彼女がコータローの次の動作を待っているので、先に立って洞窟の入り口に向かった。外は昼間だ。洞窟の中とは比べ物にならないくらい明るいが、それでも周囲は木に
さて、どうしよう。辞書の次は
「えっと…、『おしゃべり鴉』って、どんなのだっけ?」
「え…。」
コータローに続いて洞窟を出てきた少女は
「俺、頭打ったのか、忘れちゃったから教えてくれる?」
「どんなのって…、鴉。良く
そのまんまだ。
「ん~、もうちょっと、詳しく教えてくれるかな。どんな色しているかとか。」
「多分、黒。」
ま、そうだよな。
「じゃ、大きさとか。」
「知らない。」
「じゃ、どこに
今度は黙ったまま、首を振る。
「
そうだ、エカテリーナは、他人が『無限の辞書』について話しているのを聞いて知ったと言っていた。
「え~、君はどうやって、『おしゃべり鴉』の存在を知ったんだ?」
「小さい頃からお話で聞いた。お
「そうなんだ…。」
そうか~、つまり、これもノーヒントで探せって事かぁ。相手は大きくなったけど、あんまり頼りにならないかな。そうだ、大事な確認を。
「変な事を
少女は、真っ直ぐにコータローを見たまま、ゆっくりと一つ
「俺の名前言ってみて。」
「…コータロー。」
小さな声だが、はっきり発音する。
「じゃ、君の名前教えてくれるかな。」
そうだよな。年頃の娘が知らない男に、簡単に名前を教えちゃいけない。
「エカテリーナ。」
ん~、なるほど。言われてみれば、何だか当たり前の
「ここまでどうやって探して来たのかな。」
エカテリーナは黙ったまま、反応しない。
「この洞窟まではどうやって来た?」
これも反応なし。
何となく、分かっている。これは
コータローは周囲を見回す。洞窟正面の森の中へは、人が通れそうな道が続いている。それ以外に、右手側にも道と思える、草が生い
「カチューシャ、あっちの道を行こう。」
コータローは右手の
「あれ?あっちの方角は何かまずいのか?」
彼女が首を振る。
「呼び方がキショイ。」
「え!呼び方って、カチューシャって事?」
彼女が細かく何度も
「でも…」
幼いエカテリーナはそう呼べって言ったぞ。どういう事だ。年頃の娘は、
「じゃ、なんて呼べば良い?」
投げやりに
「…カーチャ?」
疑問形で言われても。嫌がったのはあなたでしょ。カチューシャとカーチャでどれだけの差があるんだか。
「じゃ、カーチャで。」どうでも良い。「じゃ、カーチャ、あっちに行くぞ。」
彼女の同意を確認せずに、コータローは右手の
と言って、当てもない。『おしゃべり
「なあ、カーチャは、『おしゃべり鴉』をお話で聞いていたって言ったよな。」
返事がない。コータローは自分の後ろを歩いているエカテリーナを振り返る。彼女の、コータローを見る視線と出会う。
何だ、聞こえているのか。
「その、お話ってどんな話か教えてくれ。」
「…あの、」自分の足元を見る合間にちらちらとコータローに視線を向けながら、とつとつと話し出す。「ある少女が森で道に迷って、いろんな森の住人に助けてもらう話です。…見た目は怖いけど、本当は
「ふーん。だから森の中ね。」
だったら、コータローがいなくなって、エカテリーナ一人だったら、寂しそうな少女を元気づけようと現れたりするんじゃないか?
「でも、いつもはどこにいるのかは分からなくて。」
「それで、その鴉ってのは、普通の鴉の大きさなんだよね。見た目が鴉なんだよね。」
「たぶん…。お
「
コータローは思わず、足を止める。後ろを歩いていたエカテリーナも立ち止まり、びっくりしてコータローの顔を見ている。
「お前、それ、
「でも、きっとほんとにいます。」
「じゃ、さっき言ってた、なんとか熊とか、狐とかもいるのかよ。」
「うん、…たぶん。」
なんてこった。有りもしない怪物を探しているのか?辞書を探すよりも、圧倒的に見つからない気がして来た。どうすりゃ良いんだ。
「いるの。絶対。」
コータローの様子が一気に不安そうに変わるのを見て、エカテリーナは無理に力を入れる。それにしても根拠のない言葉に説得力はない。
「えっと、カーチャ、それじゃ、期限を決めよう。」
「期限…?」
「そう、『おしゃべり鴉』を探す期限。」
「どういう事?期限内に見付からなかったら、
「今すぐじゃない。でも、探しても探しても見付からない時に、どこかで区切りを付けなきゃ。もう一度、よく考えて、作戦を
エカテリーナが
「それって、やっぱり
そうだが、なんだかそうは言いづらい。
「
「今からそれを言うのって、違う!」エカテリーナはこんな大声を出せるんだ。「それじゃ、最初から諦めてる。」
「分かったよ。
女の子は苦手だ。どのくらい強く言って良いのか分からない。泣かせてしまったら、きっと罪悪感が
コータローはまた前を向いて歩き出す。エカテリーナもそれ以上何も言わずに、彼の後ろをついて行く。
森の中を適当に歩きながら、コータローは考えた。
これはどういう事だろう。最初に気付いた時は、小学生に上がるか上がらないくらいのエカテリーナに出会い、白デブモンスターと
「おーい、おしゃべり鴉ぅ~。」
こうやって、時々、呼び掛けていれば、探している
「おーい。カーチャが会いたいそうだ。おしゃべり鴉出てきておくれ~。」
「…恥ずかしいからやめて。」
「え、でも、黙って歩いていても、見つけられないだろ。だって、相手は黒い鴉だ。こんな薄暗い森の中の枝にとまっていても、見分けがつかないよ。」
「じゃ、私の名前を出すのはやめて。」
「さっき話してくれたお
「…でも、それは駄目。他のやり方にして。」
案外主張するな。
分かれ道に出る。どっちに行っても、薄暗い森の中の道には変わりない。そこで2人は立ち止まる。
「さ、カーチャ。どっちに行った方が良い?」
コータローは、左右の道を交互に
「どうした?カーチャがこっちと思う方に行くよ。」
エカテリーナの顔が
「俺に鴉の気配は分からない。道だって知らない。」
「…ずるい。」
消えそうな声が、やっと彼女の口から
「だって、どっちも同じ様にしか見えないよ。だったら、カーチャが決めた方が…」
「探してくれるって。」
「え?」
「探してくれるって言った。」
「そうだけど…。俺にだって、どっち行った方に居そうかなんて分からないよ。」
「…」
また、だんまりだ。いよいよ
コータローは小さく
「分かった。じゃ、こっちに行こう。」
左の道を
さっきは右に行ったから、今度は左だ。
エカテリーナの反応を見ずに歩き出す。
やれやれ、全部俺任せか。俺が探すって設定になっているから、そうなんだろうけど、一緒にいるなら、少しは手伝ってくれたって良いじゃないか。大体、エカテリーナのために探しているんだから。
「これは、どっちに行きたいとかある?」
一応
「え?」
とぼとぼコータローの後を歩いていたエカテリーナは急に声を掛けられて顔を上げる。
おいおい、探す気あるのか?
「ここは、どっちに行きたいとかリクエストがあるかな。」
彼女は黙って首を横に振る。
ま、そうだよね。
「じゃ、こっちに行くか。」
今度も左を選択する。
「あ、でも。」
行きかけたコータローの服の
「左ばっかり選んでいると、結局元に戻ってしまったりしない?」
なんだ、意見が言えるじゃないか。だったら、最初から言えば良いのに。
「じゃ、右ね。」
別に左に
「え、でも、本当に良い?コータローは左に行きたかったんじゃないの?」
「いや。どっちでも良いよ。カーチャがぐるぐる回っちゃうのを心配しているなら、右に行ってみようよ。」
「でも、私が言ったからって、なんの根拠もないよ。」
「良いよ。なら、俺がこっちを選択したって事で。こっちに行こう。」
八方ふさがりだ。『おしゃべり鴉』の手掛かりは何も無し。エカテリーナはただコータローの後を付いて来るだけ。見つけ出す手立ては思い浮かばない。ただ、こうやって森の中をうろついているだけ。自分達の位置も、どれだけ広い森なのかも分からないまま、
早く、白デブモンスターでも何でも良いから現れて、この世界をリセットしてくれないか。
「コータロー、見付かりそう?」
背後からエカテリーナがおずおずと話し掛ける。
なんだ、その当事者意識の無い発言は。
「見つかりそうって。カーチャはどうなんだよ。」
歩きながら、思わず強い調子の言葉が口をつく。
「え?」
それ以上、言葉が返って来ない。振り向けば、彼女は、5、6歩後ろで止まったまま、コータローを見ている。
「どうした?」
「コータロー、怒ってる?」
怒ってるだって?
「このままいくら探したって無駄だ。もっと手掛かりが無いと無理だよ。」
「でも…。」
エカテリーナは下を向く。
「カーチャが鴉に会いたいんだろ。だったら、何か手掛かりになりそうな事思いつかないか?このまま、あっち行ったり、こっち行ったりしていても、とても見付けられない。」
「そんな事言われても…。」
「カーチャは、さっきから、俺の後を付いて来てるだけじゃないか。それじゃ、2人で探している意味が無い。せめて周りを良く見て、何か気付いたら、ちゃんと…。」
「男子、ちゃんとやってよ。間に合わなくなっちゃうでしょ!」
石川綾香さんが顔を赤くして怒っている。
あれ?なんだ今のフラッシュバックは?
「アウトォー!」
「オウ!」
勢いに押されてコータローがよろける。2、3歩後ずさる先、道の脇には
さっきまで両側とも下草に
斜面を