腰痛

文字数 1,371文字

 朝起きると左腰に違和感があり起き上がれない。左腰をひねると激痛が走る。ぎっくり腰か、はたまた内臓疾患か。病院の嫌いな俺はそのうち治るだろうとたかをくくっていたのだが、午後にかけ痛みはどんどん強くなってくる。在宅勤務で座りっぱなしなのが影響しているのだろうか。
 定時後、最寄りの整形外科へ行った。いちおう予約をしていったがさんざん待たされた。だから病院は嫌いなのだ。やっと順番がきて診察室に入った。俺と同年代くらいの男の医者だ。
「在宅勤務で座りっぱなしだし、運動不足気味なのが腰痛の原因ですかね? それか、正直いいまして食生活も酷いもんで、菓子パンばっかり食べてるもんだから、腎臓が炎症してるんですかね?」

 医者は俺の話をさえぎりレントゲンを撮りましょうと言った。彼はレントゲン画像を見ながら
「ああ、小腸のここに菓子パンが詰まってますね。運動不足で腸の蠕動が鈍くなると詰まりやすくなるんです」
 えっ? 俺は目を凝らして彼の指し示した箇所をじっと見た。確かに黒い影になっている。
「菓子パンの詰まりが神経を圧迫して痛みが生じている訳ですな」
「は、はあ……」

 医者はちょっと失敬、といって奥の部屋に消えた。再び現れた際にはその手に歯医者が使うようなドリルがあった。瞬時に数人の看護婦がとんできて俺の手足をベッドに押さえつけた。
「え、ええっ……待って、待って」
 叫び空しく看護婦が俺を素っぽんぽんにした。不気味に高速回転しながらドリルが俺の腰に迫る。
「やめてやめてやめて、いやあああ~」
 ドリルが俺の腰を突き、腰痛とは比べものにならない激痛が脳天を貫いた。ドリルで突かれた腰の孔から血が噴き出し医者の顔と診察室の天井を濡らした。医者は先に鈎のついた菜箸みたいな棒を孔に突っ込み、菓子パンの屑を外に搔き出した。血の臭いと屑の腐臭が診察室に充満した。この間俺は激痛と恐怖でほとんど気を失っていた。

 正気に戻った俺の目の前にトレイに乗せられた菓子パンの屑の山が差し出された。それは黴とドブを混ぜたような異様な臭いを放っていた。
「こんなに詰まってましたよ。記念にパウチに入れてお持ち帰りいただけますが、どうしますか」
「いや結構です」
 頭から俺の血を滴らせたまま、うすく笑っていやがる。それにこんなにという表現が食いしん坊を笑われたようで恥ずかしく、俺は顔を背けた。
「麻酔もなしに手術とは酷いですよ。死ぬかと思いましたよ」
「麻酔なんて気の持ちようです。それに痛みはちゃんと治ったでしょう」
 確かに腰痛はきれいに消えている。腰の孔にはガーゼが貼られていた。

「風呂は明日からでお願いします。それと、これに懲りて食べすぎは慎むことですな。菓子パンはむこう半年は厳禁です」
「ええっ……カレーパンはだめですか?」
「無論カレーパンもだめです。コーンマヨパンも、それからカップラーメンや菓子類の刺激物全般少なくとも半年は控えられるがよろしいかと」

 こんな顛末でいま俺は菓子パンロスに泣いている。カップラーメンや菓子も厳禁とあっては何を楽しみに生きていけばいいのか。俺から菓子パンを取ったら何が残るというのか。米ならさすがに大丈夫だろうと俺は米をせっせと炊き、アラ! をかけてちびちび食べている。たまにガツ食いしたくなるが診察室でのあの激痛を思い出し、食欲を必死に抑えている。




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