第11話神父

文字数 924文字

午後5時半を少し過ぎた頃、白髪頭の神父が入って来た。

飛鳥は、いつもと同じ、ふんわりとした笑顔。
「いらっしゃいませ、神父様」

神父も、ふんわりとした笑顔で、飛鳥の前に座った。

飛鳥は、冷水、そして熱いブレンド珈琲を神父の前に置く。

神父は、まず冷水をゴクゴクと飲み、ブレンド珈琲を少しだけ口に含む。
「美味しい・・・」
「このシンプルさ、ホッとするよ」

飛鳥は、軽く頭を下げる。
「神父様の前で、小細工はいたしません」

キッチンから香苗が顔を出した。
「焼き立てのバタークッキーです」

神父は、これも美味しいのか、満面の笑みになる。
「美味しいねえ、二人とも、腕を上げたね」

飛鳥は、ステレオを操作。
ドニゼッティの「愛の妙薬」が、メランコリックに流れ出す。

神父の目には、うっすらと涙。
「泣けるよ、この曲、大好き、ありがとう」
「最初は、少しもの悲しいけれど、光が差し込んで来る」
「それが、またいい」
「神は、人を見捨てない、絶対に諦めない」

飛鳥は、二杯目のブレンド珈琲を神父のカップに注ぐ。
「立派な歴史のある教会」
「ステンドグラスも素晴らしく美しくて」
「散歩していると、女性コーラスも聞こえて来て、いい感じです」

神父は、うれしそうな顔。
「入ってくればいいのに」
「かつては、きれいなボーイソプラノで」
「その後も、少し続けたよね」

飛鳥は、首を横に振る。
「勉強もありました」

神父は、話題を変えた。
「香苗さんに、このクッキーのレシピをもらいたいな」

香苗はキッチンから、再び出て来た。
「はい、それはお渡しします」
「教会でお配りに?」

神父は、頷く。
「信者さんと共同作業をしようかと」
「たくさん作って、教会に来てくれた人に、お土産にしようかな」

香苗
「バターは、この店で作っています」
「牛乳は千葉の契約農家から」
「レシピは明治の創業時から変えていません」

飛鳥が言葉を足した。
「珈琲のブレンドも変えていません」
そこまで言って、含みのある顔。
「でも、これ以上は、企業秘密にしてください」

神父は、プッと吹く。
「さっきは、小細工はしないとか?」

飛鳥は、また含みのある、今度は笑顔気味。
「神と相談して、教えます」
少し間を置いた。
「美味しいバタークッキーができてから」

神父の目に、光が宿ってしまったようだ。
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