第1話 オニ退治に行くんだ

文字数 1,309文字

まわりを赤く染めながら、遠くの山の向こうへと太陽が沈んでいくと、月が暗闇を照らしだします。星が揺れて、森が静まり、夜が深くなっても寝ないでいると、オコジョの母さんはいつも、こう言います。
「坊や、早く寝ないと恐いオニ(・・)が来るわよ」
そんな風に、オコジョのお母さんは声色を変えて言うのです。
「オニなんて恐くないやい。僕、大きくなったらオニ退治にいくんだ」
 オコジョの坊やが、へっちゃらだよ、とばかりにそう言うと、母さんは必ず笑います。
「坊や、オニは、木を倒し、山をも削り落とすのよ、この森でも大勢の仲間がオニにやられてしまった。それほどに恐ろしいの。だから、良い子にしていないとオニが来るわよ」
 オコジョの母さんは、そう言って、いつも、坊やを恐がらせます。
 でも坊やは、もうノネズミだって一人で獲った事あるのだからと、オニなんて、少しも怖くなかったです。
それでも「父さんも、オニにやられてしまったのよ」と、いつもオコジョの母さんが悲しそうに言うので、坊やは言うことを聞くほかなかったのです。



 暑い夏が終わり、秋が過ぎ、厳しい冬を越えて、また春がそこまでやって来ています。
 オコジョの見事な冬毛も、そろそろ生え変わる頃でしょうか。
この純白の毛は、雪の中にその姿を溶け込ませて、タカやフクロウなどの天敵に見つからない為のものでもあります。白い雪が溶けて地面が出てくると、茶色い夏毛に換毛しますが、それはまだ少し先でしょう。

 蓄えていた食べ物は、長い冬の間に、ずいぶん無くなってしまいました。冬には雪が積もって、あまり食料が採れないのです。冬眠をしないオコジョたちにとって、冬の食料はとっても大変な問題なのです。でも、また春になれば、たくさん食べ物を手に入れる事が出来るのです。
 あともう少しです。もう少しで春です。
 そうして春を待ちますが、お母さんもそう言っていたけれど、山の冬は長いのです。
 まだまだ雪は解けません。風も冷たいです。巣穴から出るのも億劫です。



そんな凍えるような冬でも、オニの所には、食べ物がたくさんあるそうで、見たこともない様な食べ物が、それはもう、山ほどにあるんだそうだ。
 そう聞いた話を鵜呑みにして、食べ物を探しに行った仲間のオコジョが、またオニにやられたと、オコジョの母さんが坊やに教えて聞かせました。
「春になれば、食べ物もたくさん採れるからね、もう少しの辛抱だね」母さんが、坊やに、少しのご飯を食べさせてまた言います。
「母さんは食べないの?」
「母さんはさっき食べたんだから、いいんだよ」
 そう言って、オコジョの母さんは嘘をつきました。
 蓄えていた食べ物を、少しずつすこしずつと、節約して食べてきましたが、とても春まではもちません。何とか食べ物を探してこなければなりません。
坊やは決心しました。僕がオニを退治して、母さんに食べ物を、うんとたくさん採ってくるんだ。お母さんにたくさん食べて貰うんだ。 

オコジョが住む山の上の岩場でも、雪解けがずいぶん進んできました。凍っていた川も、じわじわと流れだします。ある日、坊やはとうとう決心して、母さんには内緒で家を出ました。オニを退治しに行く事にしたのです。
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