第3話  罠

文字数 1,671文字

 オコジョの坊やは、シカと別れて森を歩いて行きます。
どんどん歩いていくにつれて雪はほとんど無くなってきました。
雪解けの水が勢いよく流れていく音も、大きく聞こえてきます。
さっきは威勢よく言っていましたが、坊やはオニの話をいろいろ聞いて、長い筒を持ち、山を削る大きな手を振り上げる大勢のオニを想像して、恐ろしくなって身震いします。



 端の藪がザワっと揺れて、坊やはおののき、咄嗟に跳ね退きます。
「びっくりした、キツネが来たのかと思った」
坊やは小さな丸い目で、きょろきょろ辺りを見回しますが、ただ風が藪を揺らしただけでした。どうやら思ったよりも怖さで委縮していたようです。しかし、キツネに捕まってしまったら、オニ退治どころではありません。気を付けなくてはなりません。

 道端の岩場にイワカガミを見つけました。小さな淡紅色が揺れている。近づくと、ちょうど坊やの頭上で下向きに花を広げているので、坊やに向かって咲いている様です。おかげで少し落ち着きました。
 坊やは改めて、オニを退治して、母さんに食べ物を持って帰るんだと、考えなおしながら歩いていきました。
 食べ物の事を考えていたからなのか、なんだか良い匂いがしてきました。そういえば朝早くから、お母さんに黙って家を出てきたので、何も食べていませんでした。ついつい匂いに誘われて歩いて行くと、なんと、食べ物が落ちています。

「わあ、ちょうどお腹が空いていたんだ」
 オコジョの坊やは、躊躇もせずに食べてしまいます。
「おいしい。もぐもぐ。なんだろう、鳥肉かな、もぐもぐ」
 鳥肉はオコジョの坊やの好物です。
近くを探すと、すぐ先にも落ちています。坊やは、やった、と、飛びつきます。
「おいしい、食べたことない美味しさだ、もぐもぐ」
 坊やは近くに落ちている食べ物を夢中で食べます。すると、突然、後ろで『バシャーン』と物凄い音が鳴り、その瞬間に足に痛みが走りました。

「痛い!」
 後ろ足が何か、蓋のような物に挟まったみたいだけれど、身をよじって何とか抜け出せました。
 驚いて逃げ出そうと跳ねますが、何かが当たって、跳ねられません。何かが当たって進めません。
 前にも、後ろにも、横にも行けません。閉じ込められたのです。
 固い網の様なものに囲われてしまいました。

「なにこれ、出れないよ」
 網を揺すっても、引っ張っても、嚙み千切ろうとしても、びくともしません。硬くて歯がたちません。
「出れないよ、何なのこれは」
 何度も何度も、抜け出そうと突進します。けれども、何度やっても跳ね返されます。そのたびに打ち付けて痛いだけで、ここから出る事ができません。

 坊やは、ふと思い出します。
さきほどシカが『オニが仕掛けた罠があるからね』と、言っていたのでした。思い出して恐ろしくなります。

「恐いよ、出れないよ」
「母さん、たすけて」



 挟まれた後ろ足も少し痛いし、怖くて涙が溢れて止まりません。
 どのくらい経っただろうか、しばらくして、何度も突進をしたオコジョの坊やが、もう泣き疲れた頃に、誰かが近づいて来ました。
二本足で歩いてきます。恐ろしく大きな影がこちらに向かってきます。
オコジョの坊やは、見た事もないのに、それがオニだとすぐに分かりました。恐ろしくて堪りません。体がブルブル震えます。

「うわ、オニだ、オニが来た」
 
怖ろしくて逃げ出そうとしますが、網に当たって逃げれません。覗き込んで来るオニが怖いです。
怖すぎるあまりに、歯を向きだして飛び掛かるけれど、網があってできません。

『おや、ケガをしているのかな、かわいそうに』
 
オニは何か言って、網の囲いごと持ち上げたので、辺りが激しく揺れます。
籠ごと運んでいるようです。
 
坊やには、オニの言った事は分からなかったので、網の籠の中で走り回って抵抗したけれど、次第に、怖いのと、足の痛みで、だんだん気が遠くなってきました。

「ああ、お母さん・・・」
言うことを聞かないからこんな事になったんだね、ごめんよ。
坊やが思い浮かべたオコジョのお母さんは優しく笑っていたので、坊やも少しだけ微笑んで瞼を閉じました。

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