十三 知らせ

文字数 1,590文字

 文月(七月)二日。雨の昼九ツ半(午後一時)。
「源之介殿は在宅か」
 合羽を着こんだ武家が、日本橋元大工町二丁目の、八重の父源助の長屋を訪れた。源助の従弟の木村玄太郎だった。
 源助は、雨で湿気が多いため指物細工できず、指物の図面を描いていた。
「玄太郎ではないか。ささっ上がって着換えなされ。この雨だ。濡れたであろう」
 源助は着換えを出して玄太郎に渡し、酒と肴を用意した。

 玄太郎は源助が長屋で独りなのを見てほっとした。源助からの文で、八重が藤堂八郎の側室になったのを知っていたが、この場に八重がいないのを確認してさらに一安心した。
 玄太郎は着換えながら説明した。
「多恵に男ができて、その後、男の元へ行ったまま、何日も帰らぬ日が度々あった。
 しかし、水無月(六月)二十四日に囚われの身となった。
 多恵を誑かしたのは与三郎という夜盗だ。与三郎は口入れ屋の主を名乗って佐恵に近づき、その後、多恵と奈緒さんに近づいた」
 佐恵は、木村玄太郎の養女になった、源助(佐藤源之介)の三女だ。
「与三郎は上女中を商家に口入れして内情を探り、夜中忍びこんで銭金を盗んでいる。今度は人を集めて大店の商家を狙っている」

 源助は二つの膳に酒と肴を整えて玄太郎に座るよう示して言った。
「そこまでわかっておれば、奈緒も多恵も、その男に騙されることはなかろうに」
 二人は膳に着いた。
 玄太郎が言った。
「今の話は、多恵に男ができたと聞き、男の素姓を調べてわかった事だ。
 実は、佐恵が多恵に男を会わせた。というより、佐恵だと思って、与三郎が多恵に近づいた・・・」
「まずは、一献・・・」
 源助は己の膳の銚子を持って玄太郎の前に銚子を差し出した。玄太郎が盃を差し出すと源助は玄太郎の盃に酒を注いだ。玄太郎は酒を満たされた盃を膳に置き、己の膳の銚子を持って、源助が差し出した盃に酒を注ぎ、玄太郎は銚子を膳に置いて盃を持った。
「では・・・」
 二人は同時に盃の酒を飲み干すと、それからは互いに手酌で酒を飲み、肴を摘まんだ。

 源助は玄太郎に訊いた。
「多恵の居所はわかっているのか」
「多恵は北河原町の口入れ屋にいる」
 北河原町は、仙台城下の南の入り口に当たる南河原町の北隣りだ。
「何をしてる」
「今のところ与三郎と暮らしている・・・」
「ただ暮らしているだけか」
「今は暮らしているだけだが、与三郎は四穀町の穀物問屋を探っている」
「与三郎は、いつ、押し入るつもりか」と源助。
「多恵を神無月(十月)始めに、大店の商家に上女中として潜りこませて信用させ、銭金が集まる日と、金蔵の開け方を探らせようとしている」と玄太郎。
「上女中にするため、それなりの礼儀作法を身につけた武家の女を捜したのか・・・」
「多恵は武家の礼儀作法を身につけている。すでに上女中の所作を身につけたであろう。
 神無月(十月)に大店へ奉公すれば、多恵の事だ。大店に慣れて信用を得るに半年はかかるまい・・・」と玄太郎。

「与三郎一味が押し込むのは、来年、弥生(三月)の頃か・・・」と源助。
「それまでに与三郎を討って、多恵を救わねばならぬぞ」
 玄太郎はそう言って盃の酒を飲み干した。
「相分かった。多恵が大店へ奉公に上がった折に、与三郎を討つのが良かろう」と源助。
「私もそう思う。与三郎の動きを調べて、逐一、源之介に知らせよう」

「此度の知らせの上に、探索まで依頼して相済まぬ」
「そんな事は気にするな。私と妻の香織にとって、多恵も我が娘だ」
「その言葉、誠に以て有り難く受け止めた」
 源助は膳の前から退き、畳に手をついて玄太郎に深々とひれ伏した。
「何を他人行儀な事をしておる。佐恵がこのような事をしても、私は知らせに参ったはずだ。そして、源之介に助太刀を乞うぞ。
 二人で与三郎を討つのだ。
 この事は八重に知らせるな」
「相分かった・・・」
 源助は再び畳に手をついて、玄太郎に深々と御辞儀した。
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