60. 素っ裸の青年

文字数 1,874文字

 オディールとレヴィアが駆け寄ってきて、その素っ裸で転がっている青年をまじまじと見つめた。

「誰これ? 金髪碧眼の幼女だったんじゃないの?」

 オディールはレヴィアに聞いたが、レヴィアもキツネにつままれたように首をひねっている。

「おい、お前は誰だ?」

 オディールは容赦なく青年のお尻をツンツンとつつく。

 ん……?

 霧が晴れるように徐々に明瞭さを取り戻す意識の中で、青年は薄ぼんやりとした目を開いた。そこには、ムーシュがけげんそうに見下ろしている。

 ……、えっ?

 殺されたはずのムーシュがいることに戸惑いつつも、青年は素っ裸で勢いよく跳ね起きた。

「ム、ムーシュ! 生きていたのか!?」

 自分より背の高い青年に血走った目で迫られたムーシュは、混乱し、後ずさる。

「い、生きてないです……よ?」

 青年がムーシュの手を捉えようとした瞬間、手は空気のように彼女をすり抜け、彼はその不思議な現象に面食らって立ち尽くした。

「も、もしかして……主様……?」

 ムーシュは青年の彫刻のような肢体を一瞥し、羞恥に頬を染め上げながら顔を手で覆う。

「もしかしなくたって僕だよ! 蒼! なんで分かんない……あれ?」

 彼の視線がゆっくりと自分の身体を辿り、その驚くべき変貌に心が跳ねた。

「おわぁぁ! なんだこれ!」

「あー、お主は転生前はこんな姿だったんじゃな。カッカッカ」

 狼狽する蒼を見て、レヴィアからはじけるような笑いがこぼれ落ちた。


        ◇


 天使に服を借り、天空のカフェに案内してもらった一行は、お茶を飲みながら善後策を話し合う。

 窓の外には満天の星々の中を壮大な天の川が流れ、黄金の花の揺れる丘はキラキラと星明りを反射しながら美しい夜を飾っていた。

 オディールはコーヒーを美味しそうにすすると、蒼に挑戦的な視線を向ける。

「さて、女神を倒し、ヴェルゼウスを倒した蒼くん! 君は二つの世界の新たな神になる権利を得た訳だけど……、どうする?」

「えっ!? な、何ですかそれ? 自分は神殺しの犯人だと思ってたんですけど?」

「殺(じん)犯ではあるけど、神を殺した人は普通新たな神になるんだよね」

「か、神!?」

 オディールの話に蒼は頭が追い付かずに宙を仰いだ。

「主様は神!? じゃぁ、ムーシュはこの世で二番目に偉い!?」

 ムーシュは目を輝かせながら、湧き上がる歓喜を押さえられない様子で蒼を見る。

 蒼はそんなムーシュをジト目で見ると大きなため息をついた。即死スキルを付与されて殺されただけなのに、いつの間にか神様たちを殺していて、自分が次の神だという。そんな荒唐無稽な話があるだろうか?

 もちろん、神になればハーレムだろうが酒池肉林だろうがやり放題できるに違いない。しかし、今の蒼にはそんなことはもう魅力には映らなかった。

「僕はさぁ、気の置けない仲間たち……大好きな人たちとのんびりと暮らしたいだけなんだよね。神になるってそういうのからは遠い気がするんだけど?」

 蒼はゆっくりとそう語ると渋い顔で肩をすくめる。

「若いのによく分かってるねぇ。神になるってホント面倒な事ばっかりなんだよ……」

 オディールはウンザリしたように口をとがらせた。

「なんじゃ、お主、随分実感がこもってるのう?」

「あ、いや、『大いなる力には大いなる責任が伴う』ってことを言いたかっただけだって」

 オディールは苦笑しながら慌ててフォローする。

「であれば、元通りって言うのが一番……かな? 僕はそうしたいです」

 蒼は屈託のない笑顔で、晴れやかに言った。

「ほいきた『元通り』……ってことは数百億人全員を生き返らせるってことだよね? ふはぁ……」

 オディールは気が遠くなって宙を仰いだ。

「ご、ごめんなさい。手伝えることはなんでもしますから」

 蒼は申し訳なさそうに頭を下げる。

「いいのいいの、面倒くさいことはみんなレヴィアがやってくれるから!」

 ブフッ! とカフェオレを吹きだすレヴィア。

「ちょ、ちょいまてぇ! なんで我が……」

「だって、他にできる人いないじゃん。みんな死んじゃったし」

「お主がやればええじゃろ!」

「だってまだ僕十代だもん。千歳超えた先輩が一番の戦力なんだなぁ」

 オディールは悪戯(いたずら)に成功した時のような、意気揚々とした笑みを浮かべる。

「十代!? お主サバ読みすぎだろ!」

「ノーノー! 私、サバ読みまセーン」

 オディールはおどけて腕をクロスさせる。

 キーーッ!

 レヴィアは小さな牙を剥きだしにして威嚇した。

 そんなレヴィアとオディールがじゃれあう中、蒼はムーシュを優しく見つめ、ムーシュはほほを赤くしてうつむいた。
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