第1話

文字数 1,896文字

 ……ナイン、エイト、セブン……
 ロビンソン家の宇宙船は、まさに飛び立とうと秒読みに入っていた。
 彼ら――ロビンソンと妻のキャサリン、長男のチョウスケ、愛犬のコロ――は、果てしなき夢を求めて苦節十余年、資金を貯めてきた。
 そして今、宇宙探検の旅へ出発する。
 そこへ酷税庁の係官がやってきた。
「どうやら間に合った」ピンポ~ン、ドン・ドン。
 係官はドアを叩く。
「おや、何だろう。うるさいな」
「おい、開けろ」「そうだ。開け~小間」
「おい、ちょっとエンジンを切ってくれ」ロビンソンはシートの背を起こして言った。
 ガシャ、ギ~~ィ。
 二十世紀風の音をたてて宇宙船のドアが開く。
「小間とは何だ、失礼な。たしかに六乗一間(*) の宇宙船だけれど」

 (*)作者注釈 : かの天才科学者、ワインシュタリン博士が提唱した「カンダーガワ理論」。半径六尺にして、その平方根を6乗する空間を持つ宇宙船が一番安上がりである。
 発表当初は3乗だったが、カタカタ鳴るのと、芯まで冷える不具合があり、さらに研究を重ねて6乗まで計算ができるようになった。一部の宇宙関係者の間では、密かに「六乗一間理論」と呼ばれている。
 とてつもなく難解で、凡人には到底理解できない理論なので、読者諸氏は知らなくとも恥ずるものではない。

「しかし、入口から二階が見えるぞ」
「二階じゃない。操縦席だ」
 ロビンソンは見上げる。チョウスケとキャサリンが上から顔をのぞかせている。
「なるほど、階段が無い。うん? ロープか」
「ボクはせめて縄梯子にして欲しかったんですが、予算がなくてね」上でチョウスケが言っている。
 キャサリンが二階、じゃない、操縦席から飛び降りた。宇宙船は大きく揺れた。
「あなた、どうしたの?」
「おい、飛ぶな。ロープを使えよ」ロビンソンは妻に言う。
「あら、ごめんなさい。宇宙遊泳のつもりだったの」
「ったく、自分の重量を考えろよ。それでなくともお前のおかげで、地球の引力から抜けだすのが大変なんだから」
「まぁまぁ、内輪もめは後でね」係官はとりなす。
 それまで二人の係官に、尻尾を振ってまとわりついていた愛犬のコロが、係官の靴をかじり始めた。
「あ~っ、先週買ったばかりなのに。しつけの悪い犬だな。しっし、あっちへ行け」
「もしかして本革? コロの好物なの。あら、そちらの方、美味しそう、じゃない、高価そうなベルトね! 馬革? 鹿革かしら」
 キャサリンが言った。その係官は、はっとしてベルトに目をやった。だが、遅かった。コロは係官のベルトを噛みちぎって腰から引っこ抜いた。ズボンがずり落ちる。
「わ~、とんでもない犬だな、ちゃんと餌を与えているんですかー」ズボンを押さえて言う。
「ハハ、解るか? おかげで一食分助かったよ」
「人のベルトを餌代わりにするな!」涙目で怒っている。
 二階、じゃない、操縦席からずるずるとチョウスケが降りてくる。「お腹がすいた」
 ベルトを噛んでいるコロを見ながら言う。「ボクも先にお昼を食べるね」
 そう言うと棚から取り出したリュックサックを開けた。防災用非常持ち出し、と書かれている。
「なになに? 懐中電灯、簡易トイレ、カットバン、使い捨てカイロ、紙コップ……」
 頭に靴を載せた係官が興味深かそうに眺める。
「非常用持ち出しには宇宙旅行に必須のものばかり詰まっているからな。ワシが思いついたんだ」
 ロビンソンは得意げに鼻穴を広げる。
「レインコート? ラジオ?」靴頭係官は首を(かし)げる。
「缶詰と乾パンはどこ?」チョウスケがキャサリンを見る。
「それなら昨日あたしがいただいたわ」
「なんだと! 大事な宇宙食を」「え~、そりゃないよ」ロビンソンとチョウスケが同時に叫ぶ。
「だって、重要なミッション遂行のためよ。腹が減っては何とかと言うでしょう」
 ロビンソンは頭を抱え、チョウスケは落胆のあまり倒れた。
「さてさて、みなさん」ズボンを押さえている係官は気を取り直し、本来の任務に戻った。「本題に入りましょう。え~とお急ぎのところ申し訳ありません、ロビンソンさん。宇宙船重量税が未納になっておりますので、出発前に納付してください」
「おぃおぃ。この宇宙船は八年前に作ってから、一度も飛ばすことなく、家として使用してきたんだぜ。宇宙船重量税なぞ払えないね」
「なるほど。では、不動産取得税と固定資産税も合わせて、追徴課税を申し受けます」

 かくしてロビンソン家の冒険旅行は延期になった。  【了】

 エピソード・ツーはありません。
 今、ロビンソン家の三人+一匹は、額に汗して、舌に(よだれ)して働いている。数年後、酷税を完納したらまたこの紙上に登場するでしょう。
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