何者でもないシャボン

文字数 509文字

小さい頃の夢は何だったか。宇宙飛行士になりたいとか言っていた気がする。私の生まれは天文台のある山の麓、肉眼で6等星まで見えるから、天の川だって教科書の写真で見ただけじゃない。車の全く通らない道路に寝転んで、最早風情があるのか無いのかわからない程沢山の流れ星を見た。よく車が田圃に突っ込んでいた交差点の信号は数年前に撤去された。本当に真っ暗になった。近くのゲートボール場から非常灯の不穏な赤色だけが漏れている。本当に暗い。地元の人じゃなければ田圃に突っ込んでしまうと思う。蛍だけが優しさの光を放っている。実家に帰ったのは3年前で、これらの情景は記憶のパッチワークでしかない。星が綺麗なのは確かだけれど、天の川を見たのも流星群を見たのも何かの勘違いかもしれない。本当の記憶であって欲しい。実際にあったことなのかどうか怪しい記憶が増え続けている。現実と夢と空想の間をゆらゆらと浮遊する記憶が、消えないシャボン玉のように天井に詰まり始めている。この泡が消え去った時、私は淋しさに震えて息絶えてしまうのだろうか。自分が何者かだった証が曖昧なシャボン玉であるうちは、何者なのかきっと明瞭でない。でもそのくらいが良いのかもしれない。
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