金田による事件の解明。そして第二の死体

文字数 2,002文字

 翌日も私は花城レンズ工芸を尋ねた。そして二階に上がると、管理職らしく事務所全体が見渡せるデスクに座り、電話をかけたり書類をチェックしている専務の花城由紀恵に声を掛けた。
「お忙しいとことすみません。ちょっとよろしいですか」
「あら、こちらこそすみません。あまりお構いできなくてごめんなさい。業務が停止している事でお得意先様にご迷惑おかけしているので、あちこちに頭を下げなきゃいけないんですよ。でも、私も気が紛れますから今はこのほうがいいんですけど」
 そう言いながら、意外に明るい笑顔を見せた。確かに彼女は松下が言っていたように、ほがらかなのが素顔なのかもしれない。
「あの、社員の方から伺ったのですが、由紀恵さんは井土さんと結婚されて、井土さんが次期社長になられるご予定なのでしょうか」
 由紀恵は今度は恥じらうような、もしくは少し困ったような笑みを見せた。
「ええまあ・・社長はそう考えていたようですね」
「微妙なお答えですね。由紀恵さん自身はどうなんですか」
「いえ、私も井土さんとの将来は考えておりました。しかし、社長がこんなことになった今、とてもじゃないですが、そのようなことは考えられません」
「なるほど、ご婚約は当面は棚上げということですね」
「はい、そういうことです」
 もしかすると、由紀恵はもともとこの結婚話にあまり乗り気ではなかったのではないかと、私には思えた。
「井土さんは、社長がインビジブルスーツを完成させたのではないかと考えておられるようです。もしそうであれば、それを盗んだ犯人は透明人間となって、不可能犯罪を成立させられるでしょう。この点はどう思われますか」
 由紀恵は少し考えてから答えた。
「父ならば・・・社長ならばインビジブルスーツを完成させることができたでしょう」
 やれやれである。これで私は本気で透明人間探しをしなければならなくなったのだ。
 少々やる気を失いつつある私に、由紀恵のほうから問いかけてきた。
「それで金田さんの調査の方の進み具合はいかがですか?」
「ええ、井土さんと由紀恵さんからは最初にお話をうかがいましたし、松下さんと三上さんからもいろいろお聞きしました」
「では、全員の話が聞けたわけですね。事件は解決できそうですか」
 全員?由紀恵は何を勘違いしているのだろうか。
「いえ、まだ全員ではありません。社員名簿にもう一名の名前があります。山口肇さんはどちらにおられますか」
 私がそう尋ねると、由紀恵はきょとんとした顔をした。
「山口肇?ええと山口・・・ああ、うっかりしていた。山口君はどこだっけ?」

 それから由紀恵は突然大声を上げた。
「三上さん、松下君!山口君を知らない?山口君は今どこに」
 顔を上げた三上と松下も、しばらくきょとんとしている様子だった。そして数秒後にようやく松下が口を開いた。
「そういえば山口君の姿を最近見ていないよなあ。ハワイ旅行には来ていたんだっけ?三上さんどうだった」
「ええと、確かハワイ旅行には居たよね。僕たち三人が相部屋だったんだけど、松下君は遊びに行ってほとんど部屋に居なかったから覚えてないのかな。事件の日とか社長のお葬式はどうだったろう。来ていたっけ・・憶えてないな」

 彼らはいったい何を言っているのだ?私は怒りが込み上げてきた。
「ちょっと皆さんは私をからかっているのか?社員が一名、事件当日から姿を消しているだって?それに今の今まで気が付かなかったというのか。いちばん怪しい人物じゃないか」
 松下が頭を掻きながら弁解するように発言した。
「いや、すみませんでした。山口君は僕と同期で、歳は僕より少しだけ若かったと思います。やはり見本市がきっかけで入社したと言ってたな。しかし彼はね、なんというか影が薄いんですよ。仕事はちゃんと出来る人なんだけど、ついその存在を忘れちゃうんですよね」
 松下の弁解は、私にはまったく納得がいかなかった。もしかすると私は、この場に居る全員に担がれているのではないかと思えたほどだ。

「いいですか皆さん。インビジブルスーツが完成していたと仮定すると、それがどこにも見当たらない。そして山口という社員がおそらくは事件当日から失踪している。これなら私が推理するまでもないじゃないですか。犯人は山口で、彼が盗んだインビジブルスーツを着て社長を屋上から突き落として殺し、防犯カメラに写ることなく逃走した。これがすべての真相ですよ」
 犯人は透明人間で、その正体は失踪しているのに皆からうっかり忘れられていた社員だなんて。数々の難事件を名推理で解決してきた、私の探偵人生の中でも最低の事件の解明であった。

 私がそれを言い終えたとき、何か重い物体が落下して社屋前の路上にぶつかる音がした。私は嫌な予感を抱えながら、一気に階段を駆け下り路上に飛び出した。

 そこにはアスファルトに全身を強く打ち付け絶命している、井土弘明の死体が転がっていた。
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