ラプソディ・ボヘミアン
文字数 1,885文字
おれは旋盤工だ。旋盤と呼ばれる機械を使って金属などの切削加工を行う。陸前矢作 釘ねじ製作所という場所で働いている。
「おい、最知 ! 手が遅ぇぞ! 自分で慰めるときのスピードで動かせよ、能無しが!」
今日もおれに上司の罵声が飛ぶ。上司の延方 はクソだ。まず、言葉が汚らしい。女性工はみんな辞めて行ってしまうし、男性のおれだって汚らしい言葉を浴びすぎてこっちまで下品になっていく。くだらねぇ職場だ。
「イエス、サー」
と言っておれは仕事をやっつけ、帰宅する。もう夏だ。明日は海に行こう。拳銃で死ぬにはちょうどいい。
***
クソ暑かった。近場の海に来て海水パンツに着替えたは良いが、海に入るには客がまばらで、その上、家族連ればかりだ。まず、その前に、男一人で海に来て泳いで騒ぐ趣味はあいにくおれにはなかった。気付けば海パンの上に上着を羽織ってビーチパラソルの下でスマホゲームを進めていた。
ゲーム内で課金してガチャを回す。
「良いキャラは出ましたか?」
女性の声がおれに対してかけられたので顔を上げる。おっとりした目と口調の、長い髪の美人だった。パレオを着ていて、大人の女性って雰囲気を醸し出してる。
「ガチャは爆死だが、浜辺ガチャであんたが釣れたよ」
「面白いこと言うのね。でも勘違いしちゃダメよ」
「勘違い?」
「釣ったのはあたしの方なんだから。わたしは飯倉 。あなたは」
「おれの名前は最知。どうしたんだい、飯倉さん。彼氏にでもフラれたのか」
「そんなとこ」
「ひでぇな」
「一緒に遊びましょ」
「いいよ」
「あっちに誰もいない場所があるの」
「ふーん」
おれが飯倉さんについていくと、そこは大きな岩場で洞窟になっていた。そうなるとすることなんて一つしかないだろう?
おれたちは会って数分ですでに身体を重ね合わせていた。真夏のラブアフェア。よっぽど彼氏にフラれたかなにかが気にくわなかったのか、腰の振りが激しい。おれは抱きかかえるように繋がって、こちらからも日ごろのいらつきを叩きつけるように、飯倉さんの下腹部に自分の下腹部を叩きつけた。
そうこうしているうちに一時間は経過した。ひんやりしていると思われがちな洞窟とは言えども気温のクソ暑さはそれでも一日のうちで最高潮になる。
「もう一回しようぜ」
「戻るのが早いわね」
そんなことを言い合って抱きつき合っていると、洞窟の外から怒鳴り声。知っている声だった。
「おい、飯倉! なんのつもりだ。またおれに恥をかかせるつもりか! なんだその小僧は! ……あ、おい、おまえ、おまえ最知だろッ! どういうことだ、説明しろ!」
怒鳴り声の主は近づいてきた。どう考えても、そしてどう見ても、それは上司の延方だった。
だからこそ、おれは「説明しろ」との言葉にこう応えるしかなかったのだ。
「やなこった」
おれの返しに憤る延方。
「ああん? なんだと?」
おれは羽織っていた自分の上着のポケットをまさぐった。
おれは銃刀法違反をしている。そもそも海へ来て、ちょっとバカみたく海水パンツ姿で死ぬために、拳銃を所持してここまでやってきているのだ。おれは自分の頭蓋骨に風穴を空ける代わりとばかりに、ずかずかと近づいてきた延方の額に拳銃の銃口を突きつけた。
***
「Mama, just killed a man」
ボヘミアンを歌った曲だったか……確かそんな楽曲のフレーズらしきものがおれの脳内に流れた。
***
銃口を突きつけて引き金を引いたら死んじゃったよ。おれの人生はまだ始まったばかりだというのにもう終わっていた。血液と脳漿がおれの顔と身体にかかる。殺した相手は上司の延方だ。
真っ青な顔をして飯倉さんが叫ぶ。
「なんで殺したの!」
「炎天下で暑かったからだ。洞窟のなかでも太陽はおれの上にいた。おれより、上司より。上にいたんだ。理由があるとしたら、それだけだよ」
「あなたは遊びの男だったのよ、最知くん。延方はあたしの財布だった。……どちらが大切だったかわかったでしょ。消えてよ。そして自首して」
炎天下は続いているのだ、この洞窟の外では。いや、洞窟のなかでも。みんなはまるで何事もなかったように生きていくし、それくらいの問題でしかないのだ。だからおれはこう言うしかなかった。
「つまらない人生だとひとはおれのことを言う。でもおれはそれなりにしあわせな人生だったし、これからもずっとしあわせだ」
おれは一呼吸置いて、
「こんな風に、ね」
と笑みをつくってから、自分のこめかみを拳銃で撃ち抜いた。悲鳴は起こらなかった。おれは延方の横に倒れて、意識がなくなっていくのを最後に感じた。畜生。
(了)
「おい、
今日もおれに上司の罵声が飛ぶ。上司の
「イエス、サー」
と言っておれは仕事をやっつけ、帰宅する。もう夏だ。明日は海に行こう。拳銃で死ぬにはちょうどいい。
***
クソ暑かった。近場の海に来て海水パンツに着替えたは良いが、海に入るには客がまばらで、その上、家族連ればかりだ。まず、その前に、男一人で海に来て泳いで騒ぐ趣味はあいにくおれにはなかった。気付けば海パンの上に上着を羽織ってビーチパラソルの下でスマホゲームを進めていた。
ゲーム内で課金してガチャを回す。
「良いキャラは出ましたか?」
女性の声がおれに対してかけられたので顔を上げる。おっとりした目と口調の、長い髪の美人だった。パレオを着ていて、大人の女性って雰囲気を醸し出してる。
「ガチャは爆死だが、浜辺ガチャであんたが釣れたよ」
「面白いこと言うのね。でも勘違いしちゃダメよ」
「勘違い?」
「釣ったのはあたしの方なんだから。わたしは
「おれの名前は最知。どうしたんだい、飯倉さん。彼氏にでもフラれたのか」
「そんなとこ」
「ひでぇな」
「一緒に遊びましょ」
「いいよ」
「あっちに誰もいない場所があるの」
「ふーん」
おれが飯倉さんについていくと、そこは大きな岩場で洞窟になっていた。そうなるとすることなんて一つしかないだろう?
おれたちは会って数分ですでに身体を重ね合わせていた。真夏のラブアフェア。よっぽど彼氏にフラれたかなにかが気にくわなかったのか、腰の振りが激しい。おれは抱きかかえるように繋がって、こちらからも日ごろのいらつきを叩きつけるように、飯倉さんの下腹部に自分の下腹部を叩きつけた。
そうこうしているうちに一時間は経過した。ひんやりしていると思われがちな洞窟とは言えども気温のクソ暑さはそれでも一日のうちで最高潮になる。
「もう一回しようぜ」
「戻るのが早いわね」
そんなことを言い合って抱きつき合っていると、洞窟の外から怒鳴り声。知っている声だった。
「おい、飯倉! なんのつもりだ。またおれに恥をかかせるつもりか! なんだその小僧は! ……あ、おい、おまえ、おまえ最知だろッ! どういうことだ、説明しろ!」
怒鳴り声の主は近づいてきた。どう考えても、そしてどう見ても、それは上司の延方だった。
だからこそ、おれは「説明しろ」との言葉にこう応えるしかなかったのだ。
「やなこった」
おれの返しに憤る延方。
「ああん? なんだと?」
おれは羽織っていた自分の上着のポケットをまさぐった。
おれは銃刀法違反をしている。そもそも海へ来て、ちょっとバカみたく海水パンツ姿で死ぬために、拳銃を所持してここまでやってきているのだ。おれは自分の頭蓋骨に風穴を空ける代わりとばかりに、ずかずかと近づいてきた延方の額に拳銃の銃口を突きつけた。
***
「Mama, just killed a man」
ボヘミアンを歌った曲だったか……確かそんな楽曲のフレーズらしきものがおれの脳内に流れた。
***
銃口を突きつけて引き金を引いたら死んじゃったよ。おれの人生はまだ始まったばかりだというのにもう終わっていた。血液と脳漿がおれの顔と身体にかかる。殺した相手は上司の延方だ。
真っ青な顔をして飯倉さんが叫ぶ。
「なんで殺したの!」
「炎天下で暑かったからだ。洞窟のなかでも太陽はおれの上にいた。おれより、上司より。上にいたんだ。理由があるとしたら、それだけだよ」
「あなたは遊びの男だったのよ、最知くん。延方はあたしの財布だった。……どちらが大切だったかわかったでしょ。消えてよ。そして自首して」
炎天下は続いているのだ、この洞窟の外では。いや、洞窟のなかでも。みんなはまるで何事もなかったように生きていくし、それくらいの問題でしかないのだ。だからおれはこう言うしかなかった。
「つまらない人生だとひとはおれのことを言う。でもおれはそれなりにしあわせな人生だったし、これからもずっとしあわせだ」
おれは一呼吸置いて、
「こんな風に、ね」
と笑みをつくってから、自分のこめかみを拳銃で撃ち抜いた。悲鳴は起こらなかった。おれは延方の横に倒れて、意識がなくなっていくのを最後に感じた。畜生。
(了)