舞台の裏方

文字数 1,788文字

 同じ高校の同級生だった僕と汐里は今年夫婦になった。でも名字は違う。

 理由は二つある。一つは仕事上の問題で、僕はテレワークで仕事が済む何処にでもいる中小企業の社員と言う社会的地位なのだが、彼女は舞台の脚本家兼演出家であり、手掛ける舞台は日本各地の劇場で上演される作品であるという事だ。メディアの露出や各種連絡業務、お祝いメッセージやクレジット表記の為に名字を変える訳には行かないという事。もう一つは、今の名字が以前の夫の物であるという事だ。
 高校卒業後、僕は一般大学に進学したが、演劇づくりに興味のあった汐里は芸大に入った。そこで脚本や演出について学んでいた時、夫となる先輩の裕也さんと出会った。彼は舞台俳優になる為に大学の芸術学部に入り、やがて自分の劇団を持つのが夢だったという。
 二人は最初演劇論や演出論を語り合う仲だったのだが、やがて同じ『人の心を動かす作品を作りたい』という人生の共通部分に惹かれあい、同志という立場から愛し合う関係になったという。そして汐里は裕也さんが立つ舞台の脚本を作りたいと思い、やがて裕也さんは彼女の作った作品を演じたいという気持ちになり、大学を卒業した時に入籍した。
 以外にも結婚を申し込んだのは汐里の方からだという。裕也さんへのプロポーズへの言葉はこうだった。
「私は一人の裏方の人間として、裕也さんの舞台を支えたい」
 その言葉を受け入れた裕也さんは、汐里と入籍し小規模ながらも劇団を立ち上げた。劇団は裕也さんが代表を務め、汐里はその劇団の副代表になった。僕が汐里と再会したのは、その劇団の初公演。下北沢にある小さな劇場だった。
 裕也さんが主演を務め、汐里が脚本と演出を務める舞台は大盛況に終わった。汐里にとっては、初めて自分の名前が世間に出た公演だ。公演の後、僕は入り口で関係者にお礼の言葉を返していた汐里を見つけて挨拶した。汐里は自分の演出や脚本を関係者に褒めちぎられて、少し疲れている様子だった。
「初公演おめでとう。よかったよ」
「来てくれてありがとう。観客として楽しんでくれたなら嬉しいわ」
 僕と汐里が交わした言葉はそれだけだった。夫である裕也さんとも挨拶を交わしたかったが、裕也さんは別の人との応対に追われていて出来なかった。


 それから二年後に、裕也さんが亡くなった。死因は先天性の疾患でまた治療法が確立されていない病気だった。早く結婚したのも、劇団を立ち上げたのもその病気の事を常に意識していたからだという。裕也さんの事を誰よりも愛していた汐里は、夫が早く旅立つことを承知で裕也さんと結婚したという事を、裕也さんの通夜の時に知った。僕はその時、汐里の優しさに心を打たれた。
 代表を失った裕也さんの劇団は汐里が代表になって一年間ほど存続したが、団員が次々に移籍したり転職したりして解散に追い込まれた。汐里は過去の舞台での才能を認められ、フリーランスの脚本家兼演出家として、いくつかの舞台や映像作品の仕事をこなしていたが、愛する人を失った痛みはまだ癒えてはいないようだった。
 汐里の事が気がかりになった僕は、高校の同級生という立場を使って彼女の役に立てないかと連絡を取った。汐里も知っている人間に助けられると気が紛れるのか、僕の事を頼ってくれるようになった。
 次第に僕は汐里の事を愛するようになり、汐里も僕の気持ちに気付いてくれるようになった。そして彼女の事を家族の一員として支えようと思った時、裕也さんの名字を名乗っていた汐里を守る為に、名字は今のままでいいと僕は告げた。
「汐里は裕也さんの名字を捨てないでくれ。今の汐里を作って素晴らしい遺産をくれたのは他でもない裕也さんなんだから。忘れてはいけない人だよ」
「でも、それじゃ」
 汐里は少し口籠ったが、僕は彼女の言葉を遮るようにしてこう言った。
「名字なんてどうでもいい。僕は汐里の事を誰よりも大切な人間として、舞台の裏方から見守りたい。君は君の人生という舞台の主演俳優であり、脚本家であり演出家なんだから」
 その言葉の後、汐里は僕の気持ちを聞き入れてくれた。

 それから僕と汐里は、違う名字のまま夫婦になった。汐里が自分の人生という、主演と演出脚本を務める舞台を袖から見守ると決意したのだから、悔いは全くない。


                                    (了)
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