十六歳の秋

文字数 1,834文字

僕の人生の分かれ道。それは間違いなく十六歳の秋だった。

冬生まれの僕は、十七歳になる少し前だっただった。
サッカー部の秋大会は、あっさりと一回戦で終わった。
二年生の僕はそれをスタンドの後ろのほうで迎えた。絶対に自分の方が上手いのに、自分を出しておけば、と心をギュッと凝り固めながら、八十分間グラウンドを眺めているだけだった。
たしかに高校二年生にしては体は細いし、弱々しく見えたかもしれない。それでも、自分の方がと思わずにいられなかった。

そして、帰りの電車で、笑い合う先輩を見ていると、僕の中で何かがゆるまって溶けていくのを感じた。

僕は、誰とも相談せず、サッカー部を辞めた。
引き止める人もいたような気がするが、覚えていない。そのくらい決心は固かった。


辞めてみると、学校はこんなにも時間のあるところで、そしてこんなにも孤独なのかと驚かされる。
放課後は毎日練習やら自主練やらで時間を使っていたし、部活に行けば、チームメイトやら先輩やらとずっと一緒だ。しかし、どうだろう。こんなにも何もなくなるのか。

僕はなんとなく図書館にこもってみたり、クラスの友達が入っている生物部に顔を出して、水槽に餌を撒いてみたりしていた。
「テリーさ、これからどうするの?ずっと帰宅部?」
生物部の遠藤が、水槽のフィルターを洗いながら、こちらを気遣う。
「んー、どうだろ。なんかしたいけどね」
「茶道部とかは?」
「茶道?」
「イギリスの人って紅茶飲むじゃん」
「ちょっとバカにしてるだろ。たしかに、イギリス人の血を流れてるけど、別に麦茶も飲むよ」
「んー」
遠藤は妙に神妙な面持ちで、フィルターの水を切っている。「テリー、顔目立つし、演劇とか向いてるかもよ」
「演劇部?女子ばっかりじゃない?」
「だからだよ。サッカーより出番ありそうだしさ」

この会話がきっかけだったかはわからない。
でも、その次の週の文化祭で、遠藤と並んで見た演劇部が眩しかった。


「三隅くん、なんて呼んだらいい?」
三年生の先輩たちは、文化祭が終わったというのに、なぜか一緒にジャージを着て練習を重ねている。僕らと一緒に発声練習をして、こうしてランニングまで一緒だ。
「えっと、なんでもいいですよ」
「そういえば、ハーフなんだっけ?」
「あ、はい、お母さんがイギリス人で。生まれたのはアメリカですけど」
桜庭さんというその先輩は、ふーんと言いながら、僕のもっている紙パックの紅茶に目を落とした。
「え、じゃあ、英語喋れるの?」
「日常会話くらいなら、なんとかって感じです。母も日本語話せるんで」
桜庭先輩は、走って息が上がっているのに、矢継ぎ早に質問をしてくる。まるで、不思議な生き物を見つけた小学生のようだ。
「ミドルネームとかあるの?」
「テレンスって名前で、母の親戚からはテリーって呼ばれます」
「三隅・テリー・飛鳥?」
「正確にはテレンスですけど」
「早口で言うと”ミステリアス”みたいだね」
桜庭先輩は妙に真剣な面持ちでそんなことを言ってきた。


それから桜庭先輩改めヒナ先輩とは長い付き合いになる。
初めて話した時から、なんとなく、そんな予感はしていたのかもしれない。



「おーい、三隅、私に挨拶遅いじゃん」
 同窓会で会ったヒナ先輩は、いつになく楽しそうだった。初めて会ってから六年も経ったのに、見た目は高校生の時から変わらず、黒い髪を後ろでまとめて、優しげなまなざしでこちらを見ている。
「ヒナ先輩とはゆっくり話したいんで、後に取っておきました!」
「うるさい、酔っ払い」
それから、二人で静かに乾杯をして、笑い合った。
「来年は僕も来れないかもしれないんで、ちょっと寂しいです」
「就職先、イギリスだっけ?」
「そうです。ロンドンの市街地なので、東京みたいな感じですよ」
ヒナ先輩は、昔のようにふーんと言いながら「なんか、いいじゃん」と付け足した。
「高校二年生のとき、演劇部に来てよかったです」
「ほんとに思ってる?あのままサッカー部のイケメンやってりゃよかったのに」
「思ってますよ!大学でもミュージカルできてるし、なんか人生変わった気がします」
僕が鼻を啜るのを見て「泣いてんの?」とヒナ先輩が笑いながら覗き込んでくる。
「寒いだけです!」生活が落ち着いたら、ロンドン来てくださいよ!」
「えー、やだよ。パスポートないし」
「いい機会じゃないですか!」
「就職して、三隅が落ち着いたらね。こういう話して連絡してこない同級生、いっぱいいるから」
 もう一度、小さく乾杯をすると、ヒナ先輩はふふんと笑っていた。
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