第1話 ゾンビと青い空

文字数 2,000文字

 重たい重たいショッピングセンターの裏口の扉をギギギと押し開け、必死で走って、3回位は足がもつれて転びそうになって屋内駐車場を抜けた外では、予想通りフェンスの向こうにゾンビが蠢いていた。
「やっぱり!」
 その瞬間、ガシャリとゾンビがフェンスにぶつかる音がする。
 声が上がらないよう急いで口を塞ぐ。ゾンビは音で人を見分けている。だから昼だろうと夜だろうとかわらない。人間は夜目が効かないから、逃げるなら昼の方がいい。久しぶりに見た空はキラキラと晴れ、やけに綺麗だった。真っ青で、澄み渡っている。人が都市を維持できなくなってから空気の汚染がなくなって空が綺麗になったと聞く。
 けど、配送センターに行くまでは短い距離だけどあのゾンビの中を走り抜けなきゃいけない。配送センターには配送用の原付がある。
 大丈夫だ。私は陸上部でスプリンターだった。高2の夏のインハイでは県大会2位だった。
 まだ大丈夫。フェンスの切れ端はもう少し先。なるべく抜き足差し足、真っ昼間で真上から太陽がガンガンに照りつけて少しばかりドロリと粘度が増したアスファルトの上を歩く。スニーカーの底がにちゃにちゃする。直射日光は私の上にも降り注ぎ、流れ出る汗がぽたりと地面につく音にゾンビに気が付かれないか、気が気じゃなかった。

 私がショッピングモールを出ることを決めたのは15分前だ。
 郊外の様子を見探りに行っていた人が私の家で神津港(こうづこう)に向かうという書き置きを見つけた。山を1つ越えた先の港。数日前に途切れたラジオは自衛隊が救出作業を行っていると言う。だからひょっとしたら家族がまだ生きているかも知れない。
(あおい)ちゃん、今は外の様子がわからない。ここにいたほうがいいよ」
「でも食べ物もいつまで保つかわからないでしょ? 自衛隊がいたら救助要請するから!」
 このショッピングセンターは陸の孤島で、今まで助けなんてこなかった。これからもきっとこないだろう。そんなことはみんなわかっていた。食料はまだ余裕はあるけれど、ここにいても先がない。だから私は港まで行く。
「でもどうやって? 車は貴重だ。帰ってこないかも知れないなら、渡せない」
 帰ってこないかも知れない。その言葉でみんなは静かになる。港までは車でだいたい2時間くらい。歩いて行くのは不可能。それにこの先、道がどうなっているのかもわからない。
「港に行く計画はもともとあったでしょ? 原付ならどうですか? 配送センターにあります」
「原付、ですか?」
「ええ。いつでも配達できるようにガソリンは入っているはずです」
 そういうのはここで元々働いていた新崎(しんざき)さんだ。ここにいる人間の多くは、人が蘇るようになった時にたまたまここにいた人だ。そう。どん詰まりなのはみんなわかっていて、でも街の外がどうなっているのかもわからずに足踏みをしていた。
「原付は乗れる?」
「はい。兄にこっそり乗り方を教えてもらいました」
 キーを押してグリップを回せば進む。新崎さんも普通の原付と変わらないと言う。ただしキーは従業員にしか使えないように、登録制にしている。だから私の住民カードをスキャンしてもらって、ここのバイトとして登録してもらった。当然、原付免許の欄にもチェックを入れる。

 パン、と乾いた音が響く。
 続いてパパパパパと破裂音が響く。みんながショッピングセンターの反対側で花火を鳴らしている。それに釣られてゾンビがぞろぞろと動く。しばらく待てば、見える範囲にゾンビはいなくなった。今だ。
 フェンスの扉を開けてすぐに閉め、配送センターまで一直線に走る。コンクリートの床を蹴る時タンタンという乾いた音がなるけれど、花火の音のほうが大きい。そう心を説得して全速力で走り抜け、壁にかかったキーを1本奪ってナンバーが相応する原付に差し込んだ。けれども途端にピーという大きなアラート音が鳴る。
『使用できません』
『なんで!』
 ちゃんと社員登録したのに。社員登録したら動かせるって新崎さんも言ってたのに!
 振り返ればゾンビがこちらに向き直るのが見えた。近くのゾンビにアラート音は花火より大きく聞こえたらしい。フェンスまでは戻れない。このまま走って逃げてもこの道の先にもゾンビはいる。背筋に冷たい汗が垂れる。足がガクガクと震えだす。こんなはずじゃなかったのに。
 再び、ピーという一際大きな音がなった。終わりだ。ゾンビの足音がすでに近づいている。思わず目を瞑る。
『ロックを解除しました』
「え?」
 混乱しつつも原付にまたがりエンジンを駆けると原付はゆっくり走り出し、ゾンビよりも早いスピードで進み出す。
『お誕生日おめでとうございます』
 誕生日? そうか16歳だ。原付に乗れる年齢!
 私の生年月日はその時刻までも正確に住民カードに記録されている。今、ちょうど、16年前に生まれたわけ。そんな奇妙な感慨を抱きながら見上げた空は青く、未来に繋がっていた。
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