第2話 未来

文字数 817文字

 翌朝。私が起きた頃には、父はもう家にはいなかった。こたつの上には、ポツンとみかんが三つ、残されていた。まるで私たちのようだ、そう思った。だって、そうでしょう?どんな形であれ、あんにん寄り添って生きているのだから。食べられるまで、死ぬまで、一緒に。
 
 その日から、私たち家族は変わった。父と叔父は自営業をやめ、普通の会社に就職した。仕事を辞めると聞いた時は、すこしショックだった。だって、自営業は父がやりたがっていたものだったのに、あんなにやりたがっていたものをやめてしまうなんて、信じられなかったから。
でも、父は嬉しそうにこう言った。
「お前たちと一緒にいられるなら、それ以上に幸せなことなんてないよ。」
満面の笑みだった。父のあんなに嬉しそうな顔は、久しぶりに見た気がする。
私たちは、何年も昔の仲良し家族に戻ったのだ。嬉しかった。でも、同時に不安だった。父は、またストレスを抱えてしまうのではないだろうか?そう思ったから。
 けれど、そんな心配は必要なかったようで、父は楽しく仕事を続けていた。
ほとんど母だけで支えていた家計も安定し、私は幸せになった。ううん、幸せだった。


 あんなこともあったな。今では懐かしい。こたつの上のミカンは、いつまでも私の中で光る思い出だ。
 今の私は、60のおばあちゃん。父も母も、もうとうの昔に亡くなってしまった。
 物事は何もかも移り変わって時には消えてしまうものもあるの。けれどそれでも消えないものがある。私たちが息を止めない限り、記憶が消えてしまわない限り、なくならないものってあるのよね。
 それは思い出。いつまでも私の中で、美しく光っているそれは、つながって、たくさんのことを思い起こさせ、そしてまた若い世代につないでいく。これほど素晴らしいものがあるだろうか。こと思い出があるだけで、私は残りの余生を幸せに生きていける…。
 こうした私はまた、何十年目のお正月を、こした。
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