第1話

文字数 2,962文字

『あなたの願い、叶えます──
 ・一日一個まで
 ・全ての願いが叶う訳ではありません(ごめんね)
 ・人を不幸にする願いはNGです
 お気軽にコメントしてくださいね!』
 
 僕は何度かこのアカウントに、願いを叶えてもらっている。宝くじが当たりますように、テストの点が上がりますようにと願って、六等の二百円が当たり、丸つけの間違いで三点上がった。小さな幸運でも胸がざわめいた。この驚きを、友達にも教えてあげようと思ったのだが……。
「『ラピスラズリ』ってアカウント知ってる? コメントするだけで願いが叶うんだよ!」
「すごー」
「信じてないでしょ」
「そんなことないよ。だってそれ私の──、いやなんでもないなんでもない」
「えー教えてよ。もしかして、願い叶えてもらったことあるとか?」
「叶えてもらうっていうか、叶える側だし」
「マジで!? え、本当に?」
「まーね」
 彼女は自慢気にうなずいた。僕は度肝を抜かれ、思わず目を丸くした。
 まさか、彼女がフォロワー500人弱のアカウントを知っているとは。しかも運営側だなんて、普通あり得ない。嘘をついてるのかもと疑って、僕は真偽を確かめようとした。
「じゃあ、今日の夜そのアカウントにDMするから、ちゃんと返信してね!」
「いいよ、しゃーねえなあ」
 なんてそっぽを向いて言いながら、彼女は心底嬉しそうに頬を赤らめていた。

 家に帰りカバンを床に置いた。
 どんな内容でDMを送ろうかと一通り考えて、今までいろいろ叶えてもらっていたんだから、しっかり感謝を伝えることにした。それなら彼女の言葉が嘘でも、自然だと思った。
 僕はそのアカウントをフォローの中から探し、「いつも願いを叶えてくれてありがとう」と、リアルじゃ顔が赤くなって言えそうもないことをメッセージで伝えた。
 翌朝、メッセージボックスを確認してみても、返信はきていなかった。僕は裏切られたような気持ちになって肩を震わせた。上げて落とすなんて、いい性格してるよな。信じた自分が馬鹿みたいだ。
 しかし、彼女は学校にも来なかった。何があったのだろう。友達から、彼女の祖母が倒れたかららしい、と聞いて納得し、唇を噛む。ちゃんと考えもせず勝手に彼女を悪く思ってしまったことに、少し申し訳なくなった。
 
 家に帰り、ネットをだらだら見ていると気付かぬうちに時間が流れていく。彼女に「おばあさん大丈夫?」と聞きたい気持ちが大きくなっていく。デリカシーのない言葉を無理やり押し込めて、密かにDMの返信を期待して待っていた。そんなとき──、通知のベルのマークに小さな赤丸がついた。きた!
『どーいたしまして。これで信じた? でも、もう願いを叶えることは出来ないから、ごめん。このアカウントも消しちゃうね』
 なんで!? 言葉にできない感情が先走り、気づけばもうその3文字を送信していた。読み返すたびに、殴られたような衝撃が走り、心音がうるさくなっていく。既読はすぐについたのに、なかなか来ない返信が頭をより真っ白にさせる。
『明日学校後、翡翠病院前で』
 文字に感情はないのに、なぜか悶々としている彼女の姿が目に浮かび、謝りたいのか、救いたいのか、自分でもわからない思いのために、目の奥がカッカと熱くなってきた。灰色くらいにはなってきた頭で、明日絶対にそこに行くと誓ったと同時に、潤んだ瞳から灯火のような涙がほろっと流れた。

 少し錆びれた白く大きな建物に攻撃されているような気分で、翡翠病院へ着いたもののどこかが悪いわけでもないため入るのは気が引けて、門の前でうろうろしていると、僕が来た道と反対の方向から、彼女と思われる人が近づいてきた。
「待った? 」
 彼女は何事もないように、透明感のあるでそう言ったが、目にはアザのようなクマが浮かんでいて疲れが取れていないみたいだった。そんなことより、言いたいことがたくさんある。どうして急にアカウントを消すと言ったのか聞きたい、これから願いが叶わなくなるから嫌だと思っていたのではないと伝えたい、返信が来ないだけで嘘つきと思ってしまったことを謝りたい、辛いのにメッセージを送ってくれてありがとうと言いたい。何から話そうかと狼狽えていると、彼女は「来て」と呟いて僕のTシャツの裾を引っ張った。
「大丈夫? おばあちゃん、倒れたって聞いたけど」
 彼女に先導されるがまま病院に入り、恐る恐る言葉を紡いだ。
「わかんない。でも、」
 水晶にヒビが入り、今にも中から水が漏れ出しそうな声だった。辛いなら、人の願いを叶えるようとしなくていいのに。
「でも、もう誰かを幸せに出来ない」
「──願いを叶えられないから?」
 ぱっちり潤んだ瞳を閉じて、彼女はそっとうなづいた。そして目を離せばパッと消えそうなな声で呟いた。
「ごめん……。私、嘘つきだった。」
「急だな、どういうこと?」
 実際にDMも返してくれたし、何が嘘だったのだろう。けれどなんとなく僕は次に来る言葉に対して身構える。彼女は喉を震わせ息を吸い込んだ。
「あのっ、勘違いさせたと思うけど、願い叶えてたのは、私じゃない。おばあちゃん、なの。人の願い叶えるために無理して『力』使って倒れちゃって」
 話を聞いているうちに、彼女のおばあちゃんが入院している病室にたどり着いた。肉食獣のテリトリーに迷い込んだ獲物になった気持ちで体がすくんだが、彼女が部屋に入ろうとするので息を呑んで震える膝を動かした。
「ありがとねえ、わざわざ来てくれて。」
 柔和な笑みと優しい声色、線の細い体には落ち着きとあどけなさが浮かんでいる。いい歳のとり方をしたのだろうな、とひと目見ただけで感じ、自分が鏡になったかのようにおばあさんの微笑みが自分にコピーされた。
「あれ? 隣の子は誰だい?」
「ど、同級生」
「そうかい。よかったねえ。」
「な、なにが!」
 二人のやりとりを温かい目で見守る。僕も少しこの人が不思議な力を持っていて、願いを叶えてくれていたなんて。
「あの、『ラピスラズリ』ってアカウントは、おばあさんが管理して願いを叶えていたんですか?」
 思い切って、はっきりと言葉を伝える。
「ああ、そうだよ」
「今まで僕何回か叶えてもらってて、その、ありがとうございました」
「いえいえ、私がしたくてやってたことだからね。喜んでくれて嬉しいよ。」
 おばあさんの目からは誰かを幸せにしたいという優しさが滲んでいるように思えた。彼女とそっくりな瞳がくしゃっと潰れる。
「力を使いすぎちゃってもう叶えることはできないのよ、ごめんなさいね。これからは願いを叶えられないことが、少し残念だけど、最後まで周りの人や家族を笑顔にできるように、私も笑顔で幸せに生きようと思うの」
「そうですね。誰かの願いを叶えることができなくても、幸せにすることはできますよね」
 僕はそっと彼女の方を見た。白い病室に窓からキラキラと橙色の夕日が差し込んで、彼女を照らしていた。彼女の目元にチラリと夕日が反射したような気がした。
 小さなお墓の前で彼女と二人手を合わせる。おばあさんはあれから半年後、たくさんの人に見守られて息を引き取った。彼女にはおばあさんのような特別な力はないが、おいしいご飯を作ってくれたり、ふとしたときに祖母譲りの優しい笑顔を見せてくれたり、毎日僕を幸せにしてくれている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み