第1話 些細な分岐

文字数 1,671文字

彼奴だけは絶対に許せない。
 確かに人生勝ち組じゃないし、彼女だっていない、友達だっていない。
 それでも一生懸命生きていた。
 生きていればその内いいことあるさ。
 前向き前向き。
 腐ること無く怒ること無く明るく前向きに、そう思って生きてきたが許せない。

 ジリリリリリリリリリリリリッ
 今朝も目覚まし時計の音に起こされる。
「ふあ~」
 目を開ければぼやけた視界が目に映る。
 待つこと数秒視界がハッキリしてきたところで目覚まし時計を止める。以前視界がぼやけたままに目覚ましを止めてしまい二度寝をした苦い経験から学んだことだ。
 台所に行くと愛する妻で無く忠実なる家電製品がセットした時間にピタリと御飯を炊いておいてくれる。
 素晴らしい。その内御飯を入れるだけで研いで炊いてくれる全自動炊飯器が発明されるのが待ち焦がれる。
 朝からおかずを作っている余裕は無い。
 ちゃかちゃかと納豆をまぜまぜ、カップ味噌汁にお湯を入れて朝食の出来上がりだ。
 ちゃっちゃか5分で朝食を済ませると茶碗を水に付け歯を磨く。
 髭を剃って顔を洗いスーツに着替えたら企業戦士サラリーマンの出動だ。
 満員電車に揺られて出社、缶珈琲片手にパソコンの電源を入れてメールのチェック。
 メールチェックが終わる頃には始業時間となって朝礼が始まる。
 折角目が覚めたのに眠たくなるような課長の訓示を聞き流す。
 さあ、仕事の始まりだ。
 今日の客先との打ち合わせが午後だったので、午前中は普通に資料の用意や事務処理を始める。
 数字は盛ったら詐欺だが謳い文句は幾らでも盛っていく。
 グラフを貼り付け、意味も無く装飾に凝っていく。
 そんなこんな作業をしていれば時間はあっという間に過ぎていく。
 俺の人生もこんな風にあっという間に過ぎて終わるのかな。
 如何如何、前向き前向き。
「ふう~」
 気分をリフレッシュと缶珈琲を一口飲む。
 時計を見るとそろそろ会社を出た方がいい時間になっていた。
 荷物をまとめ営業に出た。

 最寄りの駅に付いて自動改札を通ろうとして気付いた。
 やべっパスポ忘れた。
 会社には出社出来たんだから、忘れたとしたら会社。資料作成しているときに缶珈琲を買ったときか。
 落としたか。置き忘れたか。
 会社に戻っている時間は無い。仕方ない久しぶりに切符を買うか。
 券売機に行くとそこそこ人は並んでいたが、まあしょうが無い。大人しく列に並んだ。
 待って、そして自分の番になったときだった。俺が券売機の前に行こうとしたときに横からいきなり表れたじじいが券売機の前に立った。そしてすかさず金を入れる。
「はあっ」
 カッとなって怒鳴ろうとして、ぐっと堪えた。
 開いては割り込んでくるような老害。注意すればきっと揉める。今は直ぐに動画配信される時代、キチガイと関わって損をするのは自分の方だ。
 理不尽だが、まだ我慢出来る。我慢して待って切符を買った。
 結局俺の人生こうやって小賢しいこと考えて我慢するばかりだな。だからつまらないのかもな。
 じじいに割り込まれた所為で階段を降りてホームに着けば、ちょうど電車の扉は閉まり私が見ている前で出発してしまう。
 はあ~とことん付いてない。
 気持ちを切り替えていこう。
 深呼吸をして怒りを浄化して一本後の電車に乗った。運がいいのか幸いか席が空いていたので座ることが出来た。
 ガタンゴトンと揺れる振動に気持ちよく眠りそうになるのを堪えていると、突然に衝撃が襲い掛かった。
「えっ?」
 無重力感。
 体が何も触れず浮遊する感覚に視界は180°回転する。
 夢?
 夢心地なんて事は無く体は激しく打ち付けられ激しい痛みが襲い掛かってくる。
 痛い痛い、体中の痛みが指数関数的に増えていくのか思えば、意識はドンドン薄れていくのを感じた。
 いったい何が起きたんだ?
 分からないが、分かっていることは一つだけある。
 全ての分岐点はあのじじいが割り込んできたせいだ。
 絶対に許さない。
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