第7話 任務

文字数 2,428文字

【12月25日 午後十時頃 セナート宅】

 ピザを食べながら、キュリアはシュビルについての説明を始めた。

「この男は『カトル・グリーン』に所属する研究員。カトル・グリーンは知っているわね?」
 
 ボクは頷く。
 
 カトル・グリーン。
 
 それはフランスに本社を置く製薬企業の名前だ。研究所は世界各地に存在し、アメリカならフロリダに大きな研究所を構えている。新しい功績としては、およそ二年半前、当時猛威を振るっていた新型ペテロウイルスのワクチン開発に成功し、多くの人の命を救ったとWHOから賞賛されている。世界規模で見ても売り上げトップクラスを誇る超大手企業。
 
 ……というのが表の顔で、いわゆる〝裏社会〟と呼ばれるこの世界では、カトル・グリーンが多くの犯罪組織と繋がって悪事を働いているのは周知の事実だ。大きな企業が裏で悪いことをしているのはそんなに珍しいことでもないが、その中でもカトル・グリーンの犯罪規模は他と比べて膨大だ。
 
 ボクが次に殺すダン・シュビルは、そんなカトル・グリーンに所属しているという。つまり――

「カトル・グリーンと繋がっている多くの犯罪組織を相手にしなくちゃならないってことか?」
 
 そう訊きながらも、ボクは内心でそれが見当違いだということを理解している。いくらアライバルがそこそこ大きな組織でも、それは現実的ではないからだ。キュリアは案の定、首を振って、

「そんなことしたらウチらは簡単に捻り潰されるわよ。大丈夫。カトル・グリーンは味方よ」
 
 味方、という言葉が腑に落ちない。

「自分の研究員が殺されるのを黙認するどころか、協力までしてくれるっていうのか?」

 「そうよ。だって、この殺しの依頼主は、何を隠そうカトル・グリーンそのものだもの」
 
 自分の眉間にしわが寄るのがわかった。キュリアは続けて、

「ダン・シュビルは三か月前、カトル・グリーンのとある機密データを持って行方をくらませた。もちろんすぐに捜索を開始し、居場所を割り当てることに成功したけど、結果は返り討ち。捕獲に出向いた部隊すべてが虐殺されたとのこと。この時点で、ダン・シュビルがカトル・グリーンに反旗を翻したことが確固たるものになった。他の組織からの引き抜きがあったのか、それとも自ら盗んだデータを利用して組織を編成したのかはわからないけど、どちらにせよ相当な武力を持っているわね。今回の任務における最大の障害と予想できるわ」

「その、とある機密データっていうのは?」
 
 キュリアは肩を竦ませる。

「どんなものかすら教えてくれなかったわ。とりあえず、データを回収してダン・シュビルを殺してくれればそれでいい、の一点張り。まあ、余計な面倒ごとに巻き込まれる因子は無い方がいいけど、気になるのは確かね」
 
 カトル・グリーンほどの巨大企業で、加えて多くの犯罪組織と繋がっていれば、そりゃあ隠したいデータや書類なんてものは沢山あるだろう。気になるのは確かだが、ボクが知る必要はない。それでも納得いかないことがある。

「……そもそも、どうしてそんな大事な任務をアライバルに依頼するんだ。他に流れてまずいデータなら、内輪の組織で取り戻せばいい。たとえ一度は返り討ちに遭っていても、関わりの無い他の組織に依頼して、データのさらなる流失の危険を冒すよりはいいはず」
 
 誰にも見られたくない秘密のデータの回収を、はたして赤の他人に任せるだろうか? ボクなら絶対にそんなことはしない。秘密のデータなら自分で取り返すのが一番確実で安全だ。
 
 しかし、どうやらその疑問の答えはすでに出ているらしい。キュリアは薄く笑って答えた。

「それはね、すでにアライバルとカトル・グリーンに繋がりが出来ているからよ」

「え?」
 
 訳が分かっていないボクに、キュリアは優しく教えてくれる。

「カトル・グリーンが裏で繋がっている多くの犯罪組織。そこにアライバルも加わることになったの。まあ、まだ決定ではないけど」
 
 開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。今のボクの顔は随分と間抜けに見えるだろう。ボクは慌てて言った。

「本当に? どうして突然」

「突然じゃないわよ。交渉はずっと前から進んでいた。時期がたまたま合ったから、今回のダン・シュビルの殺害と機密データの回収任務の成功をもって、アライバルとカトル・グリーンは友達になりましょうって話になったの」
 
 確かに、カトル・グリーンと手を組めばアライバルの行動範囲は大きく拡大することだろう。組織拡大の大きなチャンスだ。だが、それ故に危険も大きい。裏社会で悪名が強いカトル・グリーンと繋がるということは、それ相応に敵も増えるということ。アライバルは現時点でもそれなりに大きな組織だ。危険を冒してカトル・グリーンと繋がる強みが大きいとはあまり思えない。

 それに、キュリアは簡単に言うが実際に任務にあたるのはボクだ。つまりボクがしくじれば、アライバルとカトル・グリーンの結合話は無かったことになってしまう。なんだか余計な重荷を背負わされているようで、嫌な気分になった。
 
 しかし、結局のところ、ボクがやることは何も変わらない。ボクは組織に仕える殺し屋。上の人間が決めたことに挟める口は持ち合わせていないし、殺せと命じられた人間を殺さなければ自分が処分されるだけ。ここはそういう世界で、ボクはそういう立場にいる。
 
 キュリアはバンバンと乱暴にボクの肩を叩いて、

「心配しなくても大丈夫。カトル・グリーンからも優秀な子が派遣されるみたいだから、その子に付いていけば何とかなるわよ。というわけだ、頼むよセナート。今まで通りの優秀さを発揮して、みごと任務をやり遂げてくれたまえ」
 
 ちゃらけた風にそう言うキュリアに、ボクはやはりこう言うしかなかった。

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