第13話 金蘭

文字数 1,234文字

 私もよくは知らないのだけれど、昔、上海には金蘭大夜総会(ゴールデンオーキッドクラブ)のような店があったそうなの。
お姫様に連れられて、幼いママや暁子や大哥はそこにしょっちゅう出入りしていた。私のように。
このお店だって豪華で、お城や舞台みたいだけれど、暁子は、あの店はもっとすごかったわ、といつも言う。
もしかしたら過去の記憶だから、彼女の記憶の中でもっと素晴らしいものになっているだけなのかもしれないけれど。
大哥もあの店は極楽だったと言うのだから、やっぱり豪華絢爛な店であったのは間違いないようです。
もともと金蘭夜総会(ゴールデンオーキッドクラブ)の土地の権利は、その女主人が暁子に託したものだったようです。
戦後の混乱期、暁子はそれを大哥と大哥のお父様に預けていた。
香港人ですし、お父様はここで長く商売をしていましたから。
それに、裏の社会にも顔が利く方でした。
香港では良い事をする時も悪い事をする時も、それはとても重要なことだから。
その権利書は高貴な方のお墨付きだったようで、見せられた時に大哥のお父様は押し頂くようにされたとか。
「暁子は、昨日食べたおかずも覚えていないくせに、昔の事はよく覚えているのよ」
とママは笑っていました。
ママは、昔の事なんて全部すっかり忘れてしまうから。
ママは現役の女優でしたが、新人女優に指導もしていました。
もうあの頃は、女優や俳優だからと粵劇(カントニーズ・オペラ)も京劇も(たしな)む必要もないのだけど。
だけど、若い女優達は、皆ママに教えを受けたがっていたの。
私は、大学を卒業してそのまま大学の事務室で働いたり、あとはお店を手伝ったりしていたの。
女優にならないかとかいう話もあったけれど、ママを見ていたでしょう?
大哥は大反対だったし、自分でも俳優というものは才能というか、やっぱりどこか大きく突出したところがあるから欠落した部分もある人がなるものだと思っていたから。私はそこまでの個性は無いもの。
ああ、でも、モデルというのはいくつかやりましたよ。
今はもうないけれど、アメリカの大きな航空会社や旅行代理店の宣伝ポスターに使うもの。
当時、流行っていたのは、襟の高い体のラインがぐっと出るものだけれど。
育ちのいい娘はそんなの着れなかった。
その頃から私はやっとママと違う服を揃え始めたの。
私も、襟がもう少し低くて袖が広がったものを着ていましたね。
まあでもだいぶお洋服の時代でしたよ。
・・・そうそう、アルバムのこれなんて覚えていますね。
クリーム色のシルクのボウタイつきのワンピースに、ネイビーのスカート。
このタイに飾ったカメオは桜子ちゃんのママの成人のお祝いにあげましたねえ。大きなカメオでしょう。イタリアの昔のもので、マリア様が彫られているの。もちろんおばあちゃんのママのものでした。ママはキラキラする宝石の類が好きで、あまりカメオには興味はなかったけれど。
実はこれが暁子がママに用意した宝飾品の中で一番高価なんだそうです。
そう、あの子も大切にしてくれているのね。
このカメオはすっかりあの子の物になったのでしょう。
とても、嬉しいことだわ。
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