第1話

文字数 1,945文字

1.ラオウ国の酒宴
 ここは中国と国境を接するラオウ国ボンタン村。人口100人程の熱帯雨林にある大変小さな村である。

 現在、村をあげて酒宴の準備をしていた。
 女達はニワトリ十羽を潰してお喋りしながら羽をむしっていた。また、巨大な鍋の中に草やキノコやいもを入れて煮込んでいる。
 そこへ狩猟から男達が帰ってきた。大きなイノシシを棒にぶら下げている。
 みな、期待に目を輝かせていた。
 何しろ、今夜から祝宴が始まるのだ。
 やがて、日が沈む前に一台の日本車がやってきた。
 全員、車の所まで走って出迎えた。これに乗って来た者が酒を持って来たはずなのだ。
 日本製4WD車から、サングラスをかけた男が降り立った。
 おお〜。
 一同は大声で歓迎の挨拶を交わす。
 男は笑顔で一人ずつ名前を呼びながら、握手した。
 皆が車の後部座席に目が釘付けになっているので、
 男は買って来たよ。持って行って。と言った。
 皆が車に近づくと、その中から村長がいち早く後部座席のドアを開けた。
 中には、日本の4リットル入り25%焼酎が十本、4リットル入り39%ウイスキーが10本、4リットル入り40%日本産ウォッカが10本入っていた。
 それを全部外に出すと、見ている全員が歓声を上げた。

 たいこを叩き出すもの、踊りだすもの。


 酒宴はそれから4週間続いた。
 もちろん、酒は直ぐ無くなったが、無くなる度に男が持ってきた金を持って、歩いて3日間の距離にある巨大なスーパー・で次々にお酒やツマミを買い足した。

 この村では、お金があると、無くなるまで酒宴が続くのである。もちろん、仕事は休みだ。

酒が抜けて皆がぼんやりしていると、村長が言った。

「出稼ぎに、行く。少し、人が増えすぎた」

 皆は顔を見合わせた。


 
2. 2525年、火星

 あの酒宴から1年。村人の成人男性30人は火星にいた。30人というのは村長を除いた成人男性のほとんど全員である。

 彼らは米国の起業家の率いる宇宙企業Z社が打ち上げた宇宙船でやって来た。
 その船は人類の火星移住を目指して開発した宇宙船だ。

2500年に火星のテラフォーミングは完成し、彼らはその開拓民第一号である。

 
 彼らはこんな所に1年居ると、つくづく嫌になった。

 すべてが、人工的で偽物に感じられた。

 草原の向こうは、果てしない砂漠である。

 いつ地球に帰れるんだろうか?

遥か遠くのちっさい太陽を拝んだ。

 火星風が吹いた。一旦吹き出すと一週間は止まらない。まだこの星の環境は定まっていない。



3.現れた神様
 そこに、特別便で背の小さな日本人がやって来た。

 彼は、ボンタン村住居地域の集会所に挨拶に来た。

「私は日本人で、太田という者です。
 何か困っていることはありませんか?」

 一同は、言った。

「さ、酒をくれ〜」

 ここには酒がなかったのである。

 そのうち、太田は村人から神様と呼ばれるようになった。

太田 「酒が無ければ造ればいい。
 まず、緑化からだ」

 太田の口癖は
「 現地の人の手で直せるものしか作ってはいけない」
 と言うものだった。酒も現地のものだけで作るつもりだ。

 太田は村達の手を借りて砂漠をマメ科植物の草原にした。これに5年かかった。

 草原を見て、村人は喉をごく、と、鳴らした。

 土壌が改良されたので、ソバを植えた。ソバは従来、開拓や飢饉の際の救荒植物とされている。

 ソバは寒冷で空気の薄い高所で栽培できるので、火星の環境でも収穫が期待されていた。

 3年間そば栽培に挑戦して、やっとそこそこの量の収穫が出来た。

 村人は涙を流した。

 もうすぐ、もうすぐ、あの熱い液体が体中を駆け巡るのだ!

 そして、そば焼酎を作った。

 蕎麦の実を煮て、殻を取り、現地に生えていた桐に近い植物で作った樽に水と酵母を入れて発酵させた。
 その後、蒸留し、濾過し、3ヶ月熟成させた。

 そして、出来たそれは…
飲めなかった。腐っていたのだ。蒸留過程で雑菌が入り繁殖したのだろう。

 太田は雑菌が入らない工夫をして再挑戦した。

 半年後にできたのは酒ではなかった。

 腐ってはいないが、まずい液体であった。

 大田は全過程を見直し、酵母菌を入れ替えた。

 そして1年後。

 彼らの前に焼酎はあった。もういい匂いがしている。
 一人につき樽一個分だ。
 彼らの喉の鳴る音が聞こえた。
 彼らは全身が乾ききっていた。
 彼らが火星に来て10年経っていたが、その間一滴も酒を飲んでいない。

 そしてそれが目の前にある。

 彼らは恐る恐る最初の一杯を口に含んだ。

 じんわりと口、喉、食道、胃から全身に旨く甘く熱い懐かしいものが広がった。

 一人の男が、泣きながら言った。

「神様が創った酒だ」

 彼らは酒が無くなるまで仕事をしなかったのは言うまでもない。
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