第二章 『巫覡』の仕事

エピソード文字数 1,842文字

 その日の夕方、『宇天宮』での通常業務を終えた彪は、『清白宮』には戻らず、占天省の単衣を身に着けたまま『雲天宮』へと向かっていた。……暎蓮を、迎えに行くのだ。
 彼は、危険のありそうなこの仕事を暎蓮にさせてもいいものか、実はまだ迷っていた。危険は、自分だけならまだなんとかなるが、暎蓮を巻き込むとなると、話は別なのだ。
(『天啓』を見ちゃった以上、『なにか』があるのは間違いがないわけだけれど、本当に、その『なにか』があったら、なんとしてでも、俺がお姫様を護らないと)
 彪は緊張していた。
(扇様にも内緒の仕事じゃあ、俺の責任も重い。絶対に、お姫様を第一優先にしなきゃ)
 『雲天宮』門前へ行くと、門の中から、動きやすいようにだろう、いつものベージュ色の『斎姫』の衣装ではなく、短衣の上から、占天省の紋の入った袴と、彪と同じ、占天省の制服である単衣を身に着けた暎蓮が、顔を出すところだった。……髪だけが、いつもの『斎姫』の結いあげられ方だが。
「お姫様!」
 驚いた彪が言うと、彼女は、彼にうなずいてみせて、門衛の兵士に、
「少し、出てきます。すぐに戻ります」
 と言った。
 兵士は、休憩時間に会った人物とは別の人間だったが、彪はもう彼とも顔見知りだ。彼は、彪と一緒なら安全だろうと判断したのか、一礼して暎蓮たちを見送った。
 暎蓮が、彪と並んで、歩き出す。
「占天省の人間に化けたの?」
 彪が、驚いたまま言うと、暎蓮は、
「別の宮殿ではありますが、『雲天宮』も一応、組織上は占天省の管轄ですから。……まあ、この単衣を着ていたとしても、この髪では、わかる方になら、私が『斎姫』であることなどは、すぐにおわかりになるのでしょうけれど」
「なにも知らなければ、立派に占天省の一員だけどね。……ところで、お姫様。もし、お姫様が『雲天宮』にいない間に扇様が来たら、どうするの?」
 彪が問いかけると、
「今夜は、宴があるそうなので、いらっしゃらないと思います。そして、宴があるからこそ、今夜この城に『妖異』が現れるのだと思うのです」
「宴にはたくさんの人が集まる。その『気』を狙いに来るってことかな」
「そうかもしれませんし、そうではなく、宴で手薄になった城のどこかを狙って、ということかもしれません。……この辺り、『天帝』様もはっきりとお知らせくださらなかったので、どこでなにがあるかわからないのですが」
「そうだね」
 彪はうなずいた。
「昨日視た『天啓』では、私は、『邪気』に、なにか、深い『情念』のようなものを感じたのですが、彪様はいかがでした?」
「うん……。なんていうか、『気』が、ねっとりとしていたような気がする」
「ええ。そこは私もそう思いました。……ですから、この感じは、私は、『女性』の『念』ではないかと思っているのです」
「『女の情念』?」
 暎蓮が、彪の、大人ぶった紋切り型の口調に、くすくすと笑った。
「まるで、大人の方向けの物語の題名のようですね。……ですが、そうかもしれません」
「でも、城には、全体を覆う、俺たち占天省の人間の作った『簡易結界』があるはずだよ。簡単には『邪念』は入れないはずだけど」
「ですが、城には、いろいろな方がいろいろな用事で出入りします。簡易なものでないと、城に出入りできない方もいらっしゃいますから。ですから、このように、城の『隙』をついて、『妖異』が現れることもあるのです。……まだ私が生まれる前にも、そして、子供のころにも、そこをついて、この城に『妖異』が現れた例は、いくらでもあるらしいのです」
「そうなんだ……」
「ですから」
 暎蓮は、前を向いたまま、つづけた。
「それらを逃さず、滅する、あるいは、天上に開放して差し上げるのが、……私たち、『巫覡』の仕事なのです」
「『天帝』様の声を聴いて、予言したり、『術』を磨く以外にも。……こういうのも、俺たちの仕事なんだね」
「そうです」
 暎蓮は、彼を振り向いて、微笑んだ。彼らの目線は、今はまだ、暎蓮のほうが少し高いが、もうすぐ同じ身長になるだろう。
「……たくさんの方が集まり、たくさんの『念』が集まるのが『城』というものです。考えてみれば、これほど『妖異』と近しい場所は、ないかもしれません」
 暎蓮は、そう言って、空を見上げた。
「……夕刻です。そろそろ、私たち『巫覡』の時間です」
 彼らは、そろって、昏くなってきた空を見上げ、一番星を見つけて、呼吸を整えた。
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登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。『玉雲国』の『宮廷巫覡』で、強力な『術』を使える『術者』でもある。

この国の『斎姫』で初恋の相手、十一も年の違う憧れの『お姫様』である暎蓮を護るのに必死。

温和な性格。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。しかし、『斎姫』としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。『玉雲国』の王である扇賢の妃。『傾国の斎姫』と言われるほどの美女。世間知らず。

彪が大のお気に入りで、いつも一緒にいたがる。しかし、夫の扇賢に一途な愛を注いでいる。

使う武器は、『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『玉雲国』の王。『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。単純な性格ではあるが、武術や芸術を愛する繊細な面も。

生涯の女性は暎蓮一人と決めている。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。愛刀は、『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢のもと・武術の師で、宮廷武術指南役。美しく、扇情的だが、『天地界』中にその名と顔が知れ渡っているほどの腕の『武術家』。

暎蓮にとっては、優しい姉のような存在。彪や扇賢にとっては、やや恐れられている?

愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音より少し年下?)。扇賢のしもべで、『玉雲国』ただ一人の『騎士』を自称する、人間界の西方が出自の金髪美男。暎蓮に懸想しており、彪や扇賢とは好敵手関係?戦うときは銀の甲冑と大剣を持つ。マイペースな性格。

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