第30話画家 田村

文字数 742文字

今日の飛鳥目当ての客は、初老の画家田村。
かつては美術展で大賞を取ったほどの実力者。
しかし、顔が浮かない。
「何かね、人物画も飽きてね」

飛鳥は、田村に前に、熱いほうじ茶を置く。
「モデルがいないとか?」

田村はほうじ茶を一口飲んで頷く。
「自然な顔ができないモデルばかりで」

そこまで言って飛を見る。
「飛鳥の君なら描けるかな」

飛鳥は無表情で首を横に振る。

田村の前にどら焼きを置き、
「たまには、風景画は?」と一言。

田村は腕を組んだ。
「飛鳥君が期待する私の風景画は?」

飛鳥は一冊の写真集を田村の前に置く。

田村の目がパッと開かれた。
「これは・・・入江先生・・・」
「いいね、この世界」
「さすが・・・最高の芸術の一つ」

飛鳥
「万葉集の数ある歌をテーマにとか」
「いろいろ歩いてみてとか」
「そこで浮かべば・・・でしょうか」

田村はどら焼きを、ぱくりと食べる。
「うん、いくらでも描けそうな気がして来た」
「風景だけでも、人物を入れてもいいな」

飛鳥は、突然、歌を詠んだ。
「秋風に 大和に越ゆる 雁がねは いや遠ざかる 雲隠りつつ」
「意味としては、秋風が吹き渡る中、大和に向かって越えて行く雁は、ますます雲に隠れて遠ざかって行く、でしょうか」
「万葉集の第10巻かな」
「こんな世界がいいかなと」

田村はため息をついた
「いいなあ・・・その歌」
「旅先で大和方面に飛んでいく雁の一群を見たのか」
「作者の故郷が大和にあり、早く帰ることのできる雁を、うらやましいと思ったのか」
「それとも、単に大空を大和方面に向かって飛ぶ雁の一群に、見とれてしまったのか」
「どちらかと言えば、雄大な秋の叙景歌と思うけれど」


田村の意思は決まったようだ。
飛鳥に握手
「早速、万葉集を持って奈良に行くよ」

飛鳥は笑顔。
「お土産は名作で」

田村は、ニヤッと笑っている。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み