箱
文字数 2,026文字
「あれはねぇ、大学生だったオレが油絵に凝ってた時だったな」
ある日、及川雅治 は妹の涼華 がテーブルの上に小さな箱を置いていったことに気づいた。
妹はちょうど自分の腰くらいの身長で、背伸びしてわざわざ真ん中あたりに押し入れるように。見るとただの箱ではなくて装飾がきちんと施されてあって、安っぽくはないがセンスがえらく古臭かった。
色褪せている上にあちこち汚れて黒ずんで、全体的にぼろぼろだ。一体どこから持って、いや拾ってきたのかわからないような代物だった。それは何だ、どうしたのか聞こうしたが、妹はすぐ外へ出ていってしまった。
描いていた絵(文化祭で展示する予定だった)の締め切りは迫ってたから集中しなければならず、そのまま作業に戻った。
「でも、すんごく気になったんだ。その箱がね」
あんまりにも気になりすぎて作業が全然進まないから、開けなかったらいいだろうと思ってその箱を持ってみた。
びっくりするくらい重いっていうわけでもなかったが、かといって何も入ってないような軽さでもない。何か入っているのかと思い、少し振ってみたが、音はしない。
「変な箱だなぁ。最初はそう思っただけだった」
こんなことやっている場合じゃないと、我に返って箱をテーブル置いて作業に戻った。
イメージを忘れないうちに描きこまなければ。頭ではわかっているのに、やっぱりあの箱が気になって仕方がない。
結局ほとんど進められないうちに、雅治はまた箱の前に逆戻りする羽目になった。
何でこんな気になるんだと思ったが、何が入っているかわからない箱があったら誰でも気になるんだということで自分を納得させた。
「今思うとオカシナ話だよねぇ。そんで、オレはもっかいその箱を持ってみたワケ」
そして何気なくひっくり返した時に、何だか底だけ妙な茶色になっていることに気がついた。
「中に水気のあるもんでも入れたのかなぁ、みたいな。そうだな……ココアとか、汚れた水が染みた、みたいな。でもそんな単純なものじゃなかった」
「ぱっと見た時オレ、血が染みたみたいだ思ったくらいだもん。経験無い? 熱帯夜で出た鼻血とか、寒くて唇が乾燥して切れてたとか、そういう時にシャツとかシーツとかに付いた血が乾いたヤツ。そんな色だったんだ。中から血が染み出てきたんだな、いやそんなワケないじゃん!」
雅治は何だか急に恐くなって、その箱をテーブルへ放りだしてしまった。壊れたり、中身が出そうな勢いではなかったが。
しばらくその箱を見ていた雅治は、今度は中身が見たくなって仕方がなくなった。怖いもの見たさというやつだ。
「うんうん、家族とはいえ人の持ち物なんだから勝手に開けたらダメだよね。でもオレ我慢できなくて……もうこっそり見ちゃえ! ってなってその箱を持ち上げた。失礼な話だけど、バレなかったらいっかってね」
思い切って箱を開けようとしたまさにその時、戸口の開く音がした。
桔梗が帰ってきたのだ。雅治は慌てて箱をテーブルに元の位置に置いて一歩だけ離れた。
妹が部屋に入ってきて、また背伸びして泥だらけの小さな手で、大事そうにそれを抱える。
手だけじゃなかった、祖母手作りのエプロンドレスもところどころ泥がついていて、土いじりしてたのがわかった。そのまま何も言わないで出てくのかなと思ったら、扉の前で一回振り返って聞かれた。
『庭に咲いてるハニーサックル貰ってもいい?』
庭のハニーサックルは勝手に生えているようなものだから別に構わない、一応何に使うのか聞いた。
『手向けに』
そのまま走ってった。
……一体誰に手向けるんだ。そう思いながらも雅治はまたキャンパスの前に戻った。
のろのろぼちぼち作業して、気が付いたらもうすぐ夕飯の時間になっていることにきづいた。
空腹を覚えた雅治は、キャンバスに向かうのやめてキッチンで夕飯を作っていたら、鍵が開く音がして、妹が帰ってきた。
ちゃんと家の前で土とかはらったのか気になりながら、雅治はやっと聞くことができた。
『あの箱、なにが入ってたの?』
『あの箱って、どの箱?』
驚いて振り返ったら、鞄からタッパーを出していた妹はもう雅治の胸くらいの身長だった。
家中にあるどんな大きなテーブルだって、さすがに背伸びしなくても端っこまで届く。
服も泥だらけだったエプロンドレスと違う、学校の体操服。その頃には妹は学校の寮に入って一緒に住んでいなかったことに遅まきながら彼は思いだした。
「あの箱はなんのために持ってきて、なにが入っていたんだろう。昔の妹と同じ格好したあの子は、一体どこの誰で、あの箱をどうしたんだろう……未だに謎なんだ」
青年が語り終えると、誰が持ってきたのか元々この部屋に置いてあったのかわからない小箱が、かたっと一度だけ震えた。
ある日、
妹はちょうど自分の腰くらいの身長で、背伸びしてわざわざ真ん中あたりに押し入れるように。見るとただの箱ではなくて装飾がきちんと施されてあって、安っぽくはないがセンスがえらく古臭かった。
色褪せている上にあちこち汚れて黒ずんで、全体的にぼろぼろだ。一体どこから持って、いや拾ってきたのかわからないような代物だった。それは何だ、どうしたのか聞こうしたが、妹はすぐ外へ出ていってしまった。
描いていた絵(文化祭で展示する予定だった)の締め切りは迫ってたから集中しなければならず、そのまま作業に戻った。
「でも、すんごく気になったんだ。その箱がね」
あんまりにも気になりすぎて作業が全然進まないから、開けなかったらいいだろうと思ってその箱を持ってみた。
びっくりするくらい重いっていうわけでもなかったが、かといって何も入ってないような軽さでもない。何か入っているのかと思い、少し振ってみたが、音はしない。
「変な箱だなぁ。最初はそう思っただけだった」
こんなことやっている場合じゃないと、我に返って箱をテーブル置いて作業に戻った。
イメージを忘れないうちに描きこまなければ。頭ではわかっているのに、やっぱりあの箱が気になって仕方がない。
結局ほとんど進められないうちに、雅治はまた箱の前に逆戻りする羽目になった。
何でこんな気になるんだと思ったが、何が入っているかわからない箱があったら誰でも気になるんだということで自分を納得させた。
「今思うとオカシナ話だよねぇ。そんで、オレはもっかいその箱を持ってみたワケ」
そして何気なくひっくり返した時に、何だか底だけ妙な茶色になっていることに気がついた。
「中に水気のあるもんでも入れたのかなぁ、みたいな。そうだな……ココアとか、汚れた水が染みた、みたいな。でもそんな単純なものじゃなかった」
「ぱっと見た時オレ、血が染みたみたいだ思ったくらいだもん。経験無い? 熱帯夜で出た鼻血とか、寒くて唇が乾燥して切れてたとか、そういう時にシャツとかシーツとかに付いた血が乾いたヤツ。そんな色だったんだ。中から血が染み出てきたんだな、いやそんなワケないじゃん!」
雅治は何だか急に恐くなって、その箱をテーブルへ放りだしてしまった。壊れたり、中身が出そうな勢いではなかったが。
しばらくその箱を見ていた雅治は、今度は中身が見たくなって仕方がなくなった。怖いもの見たさというやつだ。
「うんうん、家族とはいえ人の持ち物なんだから勝手に開けたらダメだよね。でもオレ我慢できなくて……もうこっそり見ちゃえ! ってなってその箱を持ち上げた。失礼な話だけど、バレなかったらいっかってね」
思い切って箱を開けようとしたまさにその時、戸口の開く音がした。
桔梗が帰ってきたのだ。雅治は慌てて箱をテーブルに元の位置に置いて一歩だけ離れた。
妹が部屋に入ってきて、また背伸びして泥だらけの小さな手で、大事そうにそれを抱える。
手だけじゃなかった、祖母手作りのエプロンドレスもところどころ泥がついていて、土いじりしてたのがわかった。そのまま何も言わないで出てくのかなと思ったら、扉の前で一回振り返って聞かれた。
『庭に咲いてるハニーサックル貰ってもいい?』
庭のハニーサックルは勝手に生えているようなものだから別に構わない、一応何に使うのか聞いた。
『手向けに』
そのまま走ってった。
……一体誰に手向けるんだ。そう思いながらも雅治はまたキャンパスの前に戻った。
のろのろぼちぼち作業して、気が付いたらもうすぐ夕飯の時間になっていることにきづいた。
空腹を覚えた雅治は、キャンバスに向かうのやめてキッチンで夕飯を作っていたら、鍵が開く音がして、妹が帰ってきた。
ちゃんと家の前で土とかはらったのか気になりながら、雅治はやっと聞くことができた。
『あの箱、なにが入ってたの?』
『あの箱って、どの箱?』
驚いて振り返ったら、鞄からタッパーを出していた妹はもう雅治の胸くらいの身長だった。
家中にあるどんな大きなテーブルだって、さすがに背伸びしなくても端っこまで届く。
服も泥だらけだったエプロンドレスと違う、学校の体操服。その頃には妹は学校の寮に入って一緒に住んでいなかったことに遅まきながら彼は思いだした。
「あの箱はなんのために持ってきて、なにが入っていたんだろう。昔の妹と同じ格好したあの子は、一体どこの誰で、あの箱をどうしたんだろう……未だに謎なんだ」
青年が語り終えると、誰が持ってきたのか元々この部屋に置いてあったのかわからない小箱が、かたっと一度だけ震えた。