第42話 『心音』
文字数 1,578文字
神社を出て車を走らせるとすぐ、
「音楽、かけていいですか」と真理子が曲をかけた。
この人、好きなんですとうつむく。
「……九我 さん、フクヤマに声が似てますね」
「誰です?」
真理子は顔を上げて、驚いた顔をした。
「えーっ! 知らないんですか? この曲歌ってる人ですよ」
車内を流れる男の声をしばらく聞いてみたが、正語 には似てると思えなかった。
自分が聞く自分の声と、他人が聞くそれとは隔たりがある。
「あなたが一輝 さんのスマホを最後に見たのは、いつです?」
正語が問うと、真理子は居住まいを正した。
「一輝さんが亡くなった日の朝です。朝食の時に奥さんから電話がかかってきたんです。あの日会う約束をしていたみたいなんですが、昼には一輝さんの弟が来ることになっていたので、時間をずらしてもらっていました」
「……弟さんは、何しに来たんです?」
「普通に遊びに来たんだと思いますけど……」
真理子は感心したように正語を見た。
「刑事さんって、なんでも疑問に持つんですね。秀一くん今日、町に来てますから直接聞けますよ」
「遺体はコータ君が発見して、その後あなたと雅さんがお二人で一緒に温室の中に入ったんですよね? 遺体の近くにスマホはなかったというのは確かなんですか?」
「ありませんでした」真理子はきっぱり否定した。
「私、気が動転して……何度も一輝さんを揺すったり、心臓に手を当てたりしました……」
変死した遺体をベタベタ触るなよと、正語は内心舌打ちした。
「早く救急車を呼ばなくっちゃって……ポケットを探したり、作業台を調べたり……自分のスマホを家に置いてきてしまっていたんで、慌ててました……もしスマホがあったとしても電波が届かない場所ですから、どうしようもなかったのに……」
「その間、雅さんは何をしていたんです?」
「雅さんはコータを野々花さんのお店まで走らせたんです。野々花さんが町の人に連絡してくれて、たくさんの人が来てくれました……それからは、気が抜けてしまって……」
真理子は当時を思い出すかのような、ぼんやりとした顔つきになっていた。
「……一輝さんが亡くなるなんて、現実とは思えなかった……雅さんがずっとコータと私の側にいてくれて……心配ないよって、手を握ってくれました……」
「何が心配だったんです?」
「えっ?」と、真理子は不思議そうに正語を見た。
「何か心配事でもあったんですか?」
「……それは……一輝さんが亡くなって、仕事は誰が引き継ぐのかとか……跡継ぎがいなくなって、鷲宮の家はどうなるのかとか……そういうことだと思いますが?」
「その野々花さんのお店と温室は、どのくらい離れているんです?」
「100メートルも離れてません。コータが作った猫の家、見ましたよね? あの林道をまっすぐ行くと野々花さんのお店です」
真理子は短いため息を一つ、ついた。
「一輝さんが亡くなって、思ったんです……人って、いつ死んでもおかしくないんだなって……」
だからと、真理子は正語を見た。
「決めたんです。やりたいって思ったこは、怖がらずに行動しようって!」
『やりたいことリスト』を作ったと真理子はにっこりした。
「リストの一番目は”車の免許を取る”です」
「(やはり免許取り立てか)一番目が、免許なんですか?」
「だって、車が動かせたら自由に好きなところに行けますよ。自転車だと、どこに行くのかって、誰かに必ず声をかけられるし、バスに乗るのも停留場であれこれきかれてしまいます」
二番目にやりたいことは”海を見る”ことだと、真理子は言った。
「見たことないんですか?」
「この夏は絶対、海に行きますよ」と真理子は片手で小さくガッツポーズを作った。
「私、コータと一緒にこの町から出るんです!」
鷲宮の家から出るのだと、真理子は晴れやかな顔をした。
「お祖父 様には反対されるでしょうけど、私、やります!」
「音楽、かけていいですか」と真理子が曲をかけた。
この人、好きなんですとうつむく。
「……
「誰です?」
真理子は顔を上げて、驚いた顔をした。
「えーっ! 知らないんですか? この曲歌ってる人ですよ」
車内を流れる男の声をしばらく聞いてみたが、
自分が聞く自分の声と、他人が聞くそれとは隔たりがある。
「あなたが
正語が問うと、真理子は居住まいを正した。
「一輝さんが亡くなった日の朝です。朝食の時に奥さんから電話がかかってきたんです。あの日会う約束をしていたみたいなんですが、昼には一輝さんの弟が来ることになっていたので、時間をずらしてもらっていました」
「……弟さんは、何しに来たんです?」
「普通に遊びに来たんだと思いますけど……」
真理子は感心したように正語を見た。
「刑事さんって、なんでも疑問に持つんですね。秀一くん今日、町に来てますから直接聞けますよ」
「遺体はコータ君が発見して、その後あなたと雅さんがお二人で一緒に温室の中に入ったんですよね? 遺体の近くにスマホはなかったというのは確かなんですか?」
「ありませんでした」真理子はきっぱり否定した。
「私、気が動転して……何度も一輝さんを揺すったり、心臓に手を当てたりしました……」
変死した遺体をベタベタ触るなよと、正語は内心舌打ちした。
「早く救急車を呼ばなくっちゃって……ポケットを探したり、作業台を調べたり……自分のスマホを家に置いてきてしまっていたんで、慌ててました……もしスマホがあったとしても電波が届かない場所ですから、どうしようもなかったのに……」
「その間、雅さんは何をしていたんです?」
「雅さんはコータを野々花さんのお店まで走らせたんです。野々花さんが町の人に連絡してくれて、たくさんの人が来てくれました……それからは、気が抜けてしまって……」
真理子は当時を思い出すかのような、ぼんやりとした顔つきになっていた。
「……一輝さんが亡くなるなんて、現実とは思えなかった……雅さんがずっとコータと私の側にいてくれて……心配ないよって、手を握ってくれました……」
「何が心配だったんです?」
「えっ?」と、真理子は不思議そうに正語を見た。
「何か心配事でもあったんですか?」
「……それは……一輝さんが亡くなって、仕事は誰が引き継ぐのかとか……跡継ぎがいなくなって、鷲宮の家はどうなるのかとか……そういうことだと思いますが?」
「その野々花さんのお店と温室は、どのくらい離れているんです?」
「100メートルも離れてません。コータが作った猫の家、見ましたよね? あの林道をまっすぐ行くと野々花さんのお店です」
真理子は短いため息を一つ、ついた。
「一輝さんが亡くなって、思ったんです……人って、いつ死んでもおかしくないんだなって……」
だからと、真理子は正語を見た。
「決めたんです。やりたいって思ったこは、怖がらずに行動しようって!」
『やりたいことリスト』を作ったと真理子はにっこりした。
「リストの一番目は”車の免許を取る”です」
「(やはり免許取り立てか)一番目が、免許なんですか?」
「だって、車が動かせたら自由に好きなところに行けますよ。自転車だと、どこに行くのかって、誰かに必ず声をかけられるし、バスに乗るのも停留場であれこれきかれてしまいます」
二番目にやりたいことは”海を見る”ことだと、真理子は言った。
「見たことないんですか?」
「この夏は絶対、海に行きますよ」と真理子は片手で小さくガッツポーズを作った。
「私、コータと一緒にこの町から出るんです!」
鷲宮の家から出るのだと、真理子は晴れやかな顔をした。
「お