第1話

文字数 463文字

 北に向かう列車の中、七、八歳とみられる女の子の浴衣を着た少年が白いスーツ姿の男に甘えて甘栗を所望している。すると、もう一人の洋装の女が、もうすぐたくさん食べさせてあげるわよ、と少年の頬を透き通るほどの細く白い指でつつく。男は自分たち3人の姿が彼らを取り巻く荒涼とした地形に不似合いであり、冷たく拒絶されていると思っていた。今は昔、あの暗い井戸の中にいた頃の息苦しさがひどく懐かしく、あそここそ自分には似合っていたのかもしれない。常に後悔の無い生き方をしてきたつもりだったが、自分だけなら喜んで自分の境遇と自己満足が織りなす運命を楽しんだものを、この二人を道連れにしてしまったことだけは、と男は後悔の念に苛まれている。

彼らの長い汽車の旅はいつ終わるのだろうか、車窓に流れる映像は、何処までも果てしない荒くれた緑の草原と茶色い土が続く曠野を映し出している。あの先に、あの男がいるのだ。彼らをこの旅に送り出した男が待っている。とにかくあの男に会わねばならない。

蒸気機関車「あじあ号」の汽笛が虚しく満州の空に響き渡っていく。

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