Interlude
文字数 2,671文字
道化は喜んでみんなを会議室に集めました。そして高らかに宣言します。
「みなさん! 気づいているでしょうか? 事実が少しずつ姿を変え、物語が一人歩きを始めているのです!」
みんなが大人しく傾聴する中、勝利だけが聴き逃すまいと身を乗り出しています。
楽しそうに道化は言います。
「我々の性とも言えるでしょう。物語を自らの思う方へと引き込みたくなるのです。一般ユーザーよりも、我々の評価には重みがつけられています。当然エッツェルにも影響が出ています。試しに探偵を被害者とした物語をプレイしてみるといいでしょう。不思議なのは、探偵が亡くなる前から仕掛けられたことです。ヤヌス。皆さんはその名前に覚えがありますね? 我々がそれぞれ抱く理想のエンディングを打ち砕く未満ストーリーを大量に作っている人物です。みなさんもお気づきのように、内部の事情に通じていなければ、狙い撃ちはできません。そしてヤヌスの正体は、探偵だったのです!」
死神が疑問を呈します。
「死後一ヶ月以上経ってもヤヌスは存在しているけど? 規約だと、一ヶ月間加筆がなく、尚且つ未完のもが、未満ストーリーとして回収される」
道化はニコニコと答えました。
「ええ、そうです。簡単なことです。元々、ヤヌスは一人ではないのです。勝利さん、あなたですね。履歴を見れば、あなたに未満ストーリーが振り分けられていないことがわかるでしょう」
勝利は自信満々に言い返しました。
「根拠にはならないっすね。俺をはめる気なのかもしれないっすよ」
うんうんと道化は頷きました。
「まったく当て推量で申し訳ないのですが、目的は誤解を解くことにあるのでご容赦ください」
その言葉に禍が反応します。
「誤解?」
「そうです。誤解です。みなさんもご存知のとおり、一人目の探偵は病死です。くも膜下出血による突然死です。事件性はありません。問題は、彼の計画にあります。探偵は運命を手中に収めるつもりだったのです。ヤヌスもその一端です。探偵は自らが望む方向へと、エッツェルを成長させるために、みなさんを誘導していました。邪魔になる監視役のトリックスターの排斥も同時に進めています。しかし、探偵は不慮の死を遂げてしまいました」
禍が首を左右に振ります。
「不慮の死じゃない」
「いいえ、病死です」
「違う!」
「禍、あなたはトリックスターを排除するために利用されているんです」
オロオロと禍は言い淀みます。
「事件の証拠が……」
「証拠ではありません。それはシナリオです。探偵がエッツェルに忍ばせた物語が元になっているのです」
死神がふっと笑います。
「それじゃあ、自分が死ぬことを知っていたみたいじゃないか」
「トリックスターの監視から逃れるための物語に、死を受けてみなさんが書き込んだ物語が合わさった結果、そのような物語が出来上がったのです」
このまま行くと全員が犯人だなと勝利が茶化しました。
道化は笑います。
「探偵は自らの命が失われるなどと、想定してはいませんでした。あっけない幕切れです。あまりに無情な運命に、あるいはドラマ性のなさに、みなさんは話を作らずにはいられなかったのです。そこへ二人目の探偵です。彼には目的がありました。彼はジャーナリストです。プロの作家がグレストを利用して創作しているという疑惑を確かめにきたのです。しかし、そもそも盗作や倫理的に非難されるような根拠もないため、数ヶ月で引き上げてしまいました。たったそれだけのことですが、どうでしょう? 陰謀を乗っけるにはちょうどいい土台です。やがて来るであろう三人目の探偵にも、あなたたちは物語を見出さずにはいられなくなっています。殺人事件を作り出したい。不正スキャンダルを暴きたい。トリックスターを失脚させたい。このままでは本当に事件が起きてしまいます。私たちは事件を求めているのです! 笑わずにいられますか?」
道家は心底愉快だとばかりに、大声で笑いました。
その時、会議室のドアが忙しなくノックされました。返事を待つことなく、小太りなきみが入ってきます。
みんなが誰だという顔をするなか、きみは俊敏な足運びで道化を押し退けると、正面に立ちました。テカテカと光る肌は若々しく、撫で付けられた髪はふかふかと豊かです。けれど、着ている洋服はおじさんのそれです。
はたしてファッションセンスが独特な若者なのか、年相応の格好をした童顔のおじさんなのか。
きみは顔をほころばせて、恭しく一礼しました。そして、調子っぱずれな声を響かせます。
「いやあ、お待たせしました。すべてを洗っておりましたら、思いの外時間を要しまして。クソゲーとして誕生し、ベストゲームとして表彰されるまでの三年間の軌跡は実に興味深いものでございました」
死神が失笑します。
「本気で言っているの?」
「言ってみたかったものですから。本物らしいでしょう?」
臆面もなく言ってのけるきみを前に、死神は腕を組み、幸福は眉をひそめ、禍はしっかりとブランケットを身体に巻き付けました。
「お察しの通り、わたくしは探偵です。三代目となりますね。少々ややこしいので、わたくしのことは名探偵とお呼びくださって結構ですよ。初代は探偵、二代目は記者、そしてわたくしは名探偵。ああ、二代目は迷うと書いて迷探偵ーー」
「探偵さん、でいいよ」
遮る勝利に、きみはがんとして言いました。
「いいえ、よくありません! 極めて重要なことなのですよ。わたくしは遊びでもうしているわけではないのです! いいですか、今もこうして事態が進展しているというのに、何が起こっているか、みなさんは気づいてもいないのですよ」
幸福が道化を見やりながら声をかけました。
「すでに道化が説明してーー」
「それもまた、シナリオなのですよ」
きみは不適な笑みを浮かべました。
道化は目を見開いて、両手をヒラヒラさせました。
「もちろん。だってそうでしょう? 私は探偵ではないのです。注意喚起をさせてもらっただけです。それに、探偵さんの言うことだって、シナリオじゃないと言えますか?」
きみは目を細めます。
「言えませんねえ。わたくしの推理は、いまだかつて当たったことがないのですから」
道化が吹き出しました。
「とんでもないライバルが現れましたよ!」
やれやれと死神が頭を振ります。
「道化は二人もいらないよ」
悠然とかまえるきみは、少しも悪びれることなくみんなを見渡しました。
「わたくしの推理は当たらない。そのことにわたくしは誇りを抱いているのです。なぜならそれは、わたくしが名探偵だからです」
「みなさん! 気づいているでしょうか? 事実が少しずつ姿を変え、物語が一人歩きを始めているのです!」
みんなが大人しく傾聴する中、勝利だけが聴き逃すまいと身を乗り出しています。
楽しそうに道化は言います。
「我々の性とも言えるでしょう。物語を自らの思う方へと引き込みたくなるのです。一般ユーザーよりも、我々の評価には重みがつけられています。当然エッツェルにも影響が出ています。試しに探偵を被害者とした物語をプレイしてみるといいでしょう。不思議なのは、探偵が亡くなる前から仕掛けられたことです。ヤヌス。皆さんはその名前に覚えがありますね? 我々がそれぞれ抱く理想のエンディングを打ち砕く未満ストーリーを大量に作っている人物です。みなさんもお気づきのように、内部の事情に通じていなければ、狙い撃ちはできません。そしてヤヌスの正体は、探偵だったのです!」
死神が疑問を呈します。
「死後一ヶ月以上経ってもヤヌスは存在しているけど? 規約だと、一ヶ月間加筆がなく、尚且つ未完のもが、未満ストーリーとして回収される」
道化はニコニコと答えました。
「ええ、そうです。簡単なことです。元々、ヤヌスは一人ではないのです。勝利さん、あなたですね。履歴を見れば、あなたに未満ストーリーが振り分けられていないことがわかるでしょう」
勝利は自信満々に言い返しました。
「根拠にはならないっすね。俺をはめる気なのかもしれないっすよ」
うんうんと道化は頷きました。
「まったく当て推量で申し訳ないのですが、目的は誤解を解くことにあるのでご容赦ください」
その言葉に禍が反応します。
「誤解?」
「そうです。誤解です。みなさんもご存知のとおり、一人目の探偵は病死です。くも膜下出血による突然死です。事件性はありません。問題は、彼の計画にあります。探偵は運命を手中に収めるつもりだったのです。ヤヌスもその一端です。探偵は自らが望む方向へと、エッツェルを成長させるために、みなさんを誘導していました。邪魔になる監視役のトリックスターの排斥も同時に進めています。しかし、探偵は不慮の死を遂げてしまいました」
禍が首を左右に振ります。
「不慮の死じゃない」
「いいえ、病死です」
「違う!」
「禍、あなたはトリックスターを排除するために利用されているんです」
オロオロと禍は言い淀みます。
「事件の証拠が……」
「証拠ではありません。それはシナリオです。探偵がエッツェルに忍ばせた物語が元になっているのです」
死神がふっと笑います。
「それじゃあ、自分が死ぬことを知っていたみたいじゃないか」
「トリックスターの監視から逃れるための物語に、死を受けてみなさんが書き込んだ物語が合わさった結果、そのような物語が出来上がったのです」
このまま行くと全員が犯人だなと勝利が茶化しました。
道化は笑います。
「探偵は自らの命が失われるなどと、想定してはいませんでした。あっけない幕切れです。あまりに無情な運命に、あるいはドラマ性のなさに、みなさんは話を作らずにはいられなかったのです。そこへ二人目の探偵です。彼には目的がありました。彼はジャーナリストです。プロの作家がグレストを利用して創作しているという疑惑を確かめにきたのです。しかし、そもそも盗作や倫理的に非難されるような根拠もないため、数ヶ月で引き上げてしまいました。たったそれだけのことですが、どうでしょう? 陰謀を乗っけるにはちょうどいい土台です。やがて来るであろう三人目の探偵にも、あなたたちは物語を見出さずにはいられなくなっています。殺人事件を作り出したい。不正スキャンダルを暴きたい。トリックスターを失脚させたい。このままでは本当に事件が起きてしまいます。私たちは事件を求めているのです! 笑わずにいられますか?」
道家は心底愉快だとばかりに、大声で笑いました。
その時、会議室のドアが忙しなくノックされました。返事を待つことなく、小太りなきみが入ってきます。
みんなが誰だという顔をするなか、きみは俊敏な足運びで道化を押し退けると、正面に立ちました。テカテカと光る肌は若々しく、撫で付けられた髪はふかふかと豊かです。けれど、着ている洋服はおじさんのそれです。
はたしてファッションセンスが独特な若者なのか、年相応の格好をした童顔のおじさんなのか。
きみは顔をほころばせて、恭しく一礼しました。そして、調子っぱずれな声を響かせます。
「いやあ、お待たせしました。すべてを洗っておりましたら、思いの外時間を要しまして。クソゲーとして誕生し、ベストゲームとして表彰されるまでの三年間の軌跡は実に興味深いものでございました」
死神が失笑します。
「本気で言っているの?」
「言ってみたかったものですから。本物らしいでしょう?」
臆面もなく言ってのけるきみを前に、死神は腕を組み、幸福は眉をひそめ、禍はしっかりとブランケットを身体に巻き付けました。
「お察しの通り、わたくしは探偵です。三代目となりますね。少々ややこしいので、わたくしのことは名探偵とお呼びくださって結構ですよ。初代は探偵、二代目は記者、そしてわたくしは名探偵。ああ、二代目は迷うと書いて迷探偵ーー」
「探偵さん、でいいよ」
遮る勝利に、きみはがんとして言いました。
「いいえ、よくありません! 極めて重要なことなのですよ。わたくしは遊びでもうしているわけではないのです! いいですか、今もこうして事態が進展しているというのに、何が起こっているか、みなさんは気づいてもいないのですよ」
幸福が道化を見やりながら声をかけました。
「すでに道化が説明してーー」
「それもまた、シナリオなのですよ」
きみは不適な笑みを浮かべました。
道化は目を見開いて、両手をヒラヒラさせました。
「もちろん。だってそうでしょう? 私は探偵ではないのです。注意喚起をさせてもらっただけです。それに、探偵さんの言うことだって、シナリオじゃないと言えますか?」
きみは目を細めます。
「言えませんねえ。わたくしの推理は、いまだかつて当たったことがないのですから」
道化が吹き出しました。
「とんでもないライバルが現れましたよ!」
やれやれと死神が頭を振ります。
「道化は二人もいらないよ」
悠然とかまえるきみは、少しも悪びれることなくみんなを見渡しました。
「わたくしの推理は当たらない。そのことにわたくしは誇りを抱いているのです。なぜならそれは、わたくしが名探偵だからです」