第20話 どうするつもりで?

エピソード文字数 2,536文字

 八っつあんたちが、妖怪たちと会話をしている頃、権三と五郎と菅原は、長屋に来ていた。権三は手に油と薪を持っている。菅原は、興味のなさそうな目でそれを見つめており、五郎は嫌な予感がする、という目つきでそれを見つめている。
「どうするつもりで?」
 五郎は、長屋の入口に薪を並べる権三を見ながら、ゾッとしたように口走った。
「まさか権三さん……」
「こうするしかないんだ、どうせ中には人はいねえ」

 権三は、薪に油をぶちまけ、マッチに火をつけた。乾いた薪が燃えていく。五郎は、はじかれたように、権三のほうへ飛び出した。
「権三さん、火付けは縛り首ですぜ!」

「お上がこわくてカネ儲けができるかっ」
 権三は、火を足で消そうとする五郎に飛びかかり、前から背後に押し倒してしまった。
「まあ、見てな。連中の泣きっ面が、目に浮かぶようだぜ」
 権三は、クククと笑っている。菅原はとなりで沈痛な面持ちだった。
「妖怪長屋を、火で浄化するとは。わたしも思いつきませんでしたよ」
「やめろ、ここは――、ここは!」

 五郎がジタバタもがいている。少しずつ燃えてきた薪は、心を震え上がらせるような、悪鬼のような炎であった。べろべろと長い炎の舌が長く立つ。もちろんはじめはチョロチョロしていた赤い火であったが、油を吸った薪のおかげで、みるまに広がっていく。煙がもくもくと立つ。あやしげな美しささえ感じさせながら、ごうごうと火が燃えさかる。火龍が長屋にとぐろを巻くように、炎は長屋をなめつくし、パチパチはぜながら燃えさかっている。

「どうしたの、三太。あらあ、ずいぶん熱いわねえ」
 あるはずのない声が、長屋のほうからした。五郎には、聞き覚えのある声だった。
「トメさん……!」
 厨のほうだ。部屋から離れていたので、気づかなかったのである。

「誰もいないんじゃなかったのか!」
 五郎は、のしかかる権三を振り払い、殴り、蹴った。親を殺されたときでも、こんな憎しみは感じなかった。権三こそは理想の男だと思っていた、だがその正体は。

「やめろ、やめろ! 足を蹴るな、折れてしまったじゃないか!」
 権三が、ガラガラ声で叫ぶ。五郎は権三がウソを言っていると確信したが、放置することにした。いまはそれどころじゃない。
 ぴょんととびすさるなり、権三を投げ飛ばし、長屋の中に突っ込んで行く。火が燃えさかる。このままでは炭になる。そうと知って、権三はこれ幸いと逃げ出してしまったが、五郎にとっては、いまやどうでもいいことだった。

「トメさん! 早く、ここを出ろ! もう、ここはもうダメだ!」
 五郎は口に手をやって叫んだ。みると厨にトメがいる! 五郎は駆け寄った。トメはニッコリ笑っている。
「三太、ご飯ができたわよ。あらま、そんな怖い顔をして、鯔背(いなせ)な顔が台無しよ?」
 問答無用とばかりに、五郎は、むんずとトメの腕をつかんだ。
「トメさん、ここを出よう!」

 ところが、トメの力は意外と強かった。テコでも動かない、とはこのことである。ピクリとも動こうとしない。五郎も動かない。動けない。
「やめなさい、痛いじゃないの!」
「トメさん、出るんだ! ここにいたら……」

 ムリを押してトメを外に引っ張りだそうとする。トメは、ピシャリと五郎の頬を殴打した。
「いい加減にしなさい! なにを慌ててるんですか!」
 五郎は、天をあおいだ。生まれて初めて、彼は神に祈りたくなった。なんとか、トメさんを助けたい。どうすればいいのか、教えてくれ、神さま……!

 まるで天啓のように、なにかが降ってわいてきた。五郎はぱあっと顔を輝かせた。そして、まるで家から帰ってきたばかりの、いたずらっ子のように、微笑んだ。
「母さん! ただいま! 晩ごはんかい、楽しみだなぁ!」
 バッ!
 梁が火にはじけた。着実に厨へ火が迫っている。五郎は、トメに近づくと、そっと手を取って言った。
「母さんに、見せたいものがあるんだ! 外へ行こう!」
「いやよ。わたしはここを出ないわ」
 トメは、ジリジリあとずさる。五郎は唇を血が出るまで噛みしめた。

「母さん、外にはものすごくいいものがあるんだ! ぜひ見せたいんだよ!」
「いいもの?」
 トメは、少し興味を持ったようだ。
「それはなに?」
 五郎は、途方に暮れた。賭博と飲酒しか知らない男である。ほかに知っているものは。
「そそそ、それは、絵だよ!」
 思わず口走ってしまった。

「え? なに?」
 トメは、耳をそばたてる。もう少しだ、あと少しで出口なんだ……! 火が、めちゃくちゃ大きくなっている。出口がいつまで持つだろうか。五郎は、トメを引っ張った。
「絵だよ! つまり、春画ってやつで、つまりその……あれが載ってる……」
「裸?」
 トメは、顔をゆがめた。
「あなた、だれ? 三太じゃないわね? だれなのよ!」

 くるりと背を向け、まさに火の海の真っ只中へとまっしぐらに、跳躍!
「トメさん……!」
 五郎はわめき、血を吐く絶叫をした。そして、火の中へと飛び込んでいく。
「トメさん、トメさん、……母ちゃん!」

 いつの間にか、叫んでいた。
「死なないでくれ、もう二度とオレの目の前で死なないでくれ……!」
 あたり一面が、火だった。しかし五郎は負けなかった。トメが煙を吸い込んで、ゲホゲホ崩れ落ちる。その身体を背負い、そのまま長屋を飛び出していった。

 長屋の仲間たちが帰ってきたのは、まさにその瞬間であった。棒立ちになっている三人の目の前で、トメは息を吹き返した。

「診療所へ」
 巡査が命じる。大八車が運ばれてきた。トメは気絶したままだ。
「気が済んだか、ええ?」
 トメといっしょに診療所へ向かう八っつあんは、振り向いてうつむいている五郎に向かって、激しい口調で責めた。

「さぞや気持ちがええこったろう、こんな仕打ちをしやがって! トメは死ぬところだ……!」
「だが、死ななかった」
 小鳥遊は、ぽつりと言った。
 五郎の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれておちた。
 しかし彼はなにも言わず、そのまま逃げ去るように駆け去って行った。
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