パニック館オープニングセレモニー

文字数 2,859文字

 私の名は、トミーこと富井富雄(とみいとみお)。グローバル企業のCEOだ。毎日忙殺されている中、唯一の楽しみは一人カラオケ。
虎舞竜の熱烈なファンである私は、今日も虎舞竜縛りの5時間耐久一人カラオケでストレス発散したあと、秘書のエミリーと待ち合わせている。
 向こうから小走りでエミリーがやってくるのが見える。長身な上に12cmヒールを履く彼女は人混みから頭ひとつ抜きん出ており、ブロンドの長い髪に陽光を纏うその姿は、すぐに見つけることができる。まぁ、それでなくてもハリウッド女優並みの美貌が人の目を惹くのだが。

「BOSS、お待たせして申し訳ありません」
「いや、まだ5分前さ。女性を待たせるのが嫌いで、早めにきているだけだから、気にしなくていいよ」

 別に格好つけているつもりも、ましてや秘書を口説こうなどというつもりは毛頭なく、今日は我が社が手がける新しいシネコンの(こけら)落としということで、オープンセレモニーに出席するため、エミリーと待ち合わせていたわけだ。

「ナーワーシスターズの小諸(こもろ)さんのご都合が悪く、本日のセレモニーは副社長の諸子(もろこ)さんにご参列いただくため、その手筈に時間を取られてしまいました」
「そうだったんだ。小諸さんも忙しいみたいだね。あれか、としまえんの?」
「ええ、いよいよ本格的に着工されるみたいです」
「ふぅん、楽しみだねぇ」

 そう言いながら私たちは目的地に歩みを進めた。通りすがりの人たちはみな一応にエミリーの顔に見惚れ、一緒に歩く私を怪訝そうに見る。似合わない親父ですが、なにか?心の中で独り言ち、顔がにやけてしまう。

「しかしBOSS、言っていただければ、カラオケ店まで車を回しましたのに」
「いいんだよ。車で直接シネコンに乗り付けるお客様なんてほとんどいないんだ。みんな駅で待ち合わせたりして、歩いておいでくださるんだから、この道筋もしっかり確認しておかないと、どんな落とし穴があるか、わからな、、、」
「BOSS!」
「だ、、大丈夫。側溝に片足突っ込んだだけだから、、、」
「お怪我ありませんか?」
「うん。大丈夫だ。しかし、本当に落とし穴があるとは。これはいただけないな。お客様が同じ目にあったら困るよ。すぐに、、、」

 そう言いかけた頃には、エミリーは側溝工事の施工会社に苦情の電話を入れていた。仕事が早すぎるし、もう少し私の体を気遣ってくれればいいのに、と思うのだが、このドライさが、彼女の持ち味だから仕方ない。

「BOSS、ガッツリ文句言っときました」
「ガッツリって。いや、ありがとう。では、気を取り直して行こうか」
「はい、BOSS」

 コロナ禍に入り、シネコンの売上は半減した。鬼滅の大ヒットがなければ本当に映画業界は危ないところだったと感じている。なぜか。確かに換気やソーシャルディスタンスなど映画製作側には制限がたくさんあり、クラスターのリスクとも隣り合わせになる。やりたがらない俳優もいる。しかし何よりも、客足が期待できないと言う諦観の空気が、作品そのものに滲み出てしまうことが、一番の原因であったのではないかと私は考えている。
 虎舞竜の次に映画が好きな私には憂うべきこの状況をなんとかしたかった。そして我が社で企画して今日オープンする、新しい形のシネコン。新作にこだわらない。また、名作にこだわらない。ジャンルにこだわるシネコン。(いち)ジャンル、(いち)シネコン。これが我が社のコンセプト。
 昔から、映画好きな人はかなり偏った好みを持つ人が多い印象がある。もちろん、配信系でサブスクの場合、どんなジャンルも見ようと思うが、最初からお金を払って見る前提の映画館の場合、財布の紐が緩むのは特定のジャンルの映画だけ、ということが多い。もちろんジャンルより、推しの役者が見たいというパターンもある。それら全てに対応してシネコンを作っていては、それこそ採算が取れない。
そうなると、自宅でサブスクよりも映画館で見たいと思えるジャンルは何かで絞り込む必要性が出てくる。
恋愛もの、ヒューマンドラマなどはわざわざ大スクリーンとドルビーサウンドで見る必要ないというのは、お分かりいただけるかな?

「BOSS、そろそろお時間です」

おっと、セレモニーのご挨拶の時間のようです。続きはちょうどスピーチの内容をお聞きいただければおわかりいただけるかと。

「お集まりの皆様!新しいシネコンのオープンにお立ちあいいただき、誠にありがとうございます。当館は、全部で6スクリーンと、けして大規模ではありませんが、一つのジャンルに絞り、過去から最新作まで、ヒットしたものから、ニッチなものまで、分け隔てなくロードしていく、新しいコンセプトのシネコンです。おうちでご覧になるのが好きな方もおいででしょうが、やはり映画は大スクリーンに迫力のあるサウンドで体感するのが一番!そういう意味では間違いなくニーズの高い、パニック系の映画に特化したシネコンを第一弾として、本日オープンいたします。
名付けて、『パニック館』!
今後、我が社では、続々とワンジャンルシネコンをオープンさせていく予定をしており、現在決定しておりますのは、『ホラー館』『カーチェイス館』『スペースオペラ館』また、アイドル主演映画に特化した『アイドル館』オープン時期に関しましては、当社のホームページをご覧ください。
では、ごゆっくりお楽しみください」

 スピーチのあと、配給会社のお歴々と共にテープカットを行い、招待券をゲットできたお客様がぞろぞろと各スクリーンへと入場していく。

 本日の上映ラインナップは、『シン・ゴジラ(2016日本)』『新感染ファイナルエクスプレス(2016韓国)』『パニック・ルーム(2002アメリカ)』『コンテイジョン(2011アメリカ)』『タワーリング・インフェルノ(1974アメリカ)』『アイアムアヒーロー(2015日本)』

「エミリー?どれにする?」
「私が選んでよろしいんですか?」
「もちろんさ」
「では、アイアムアヒーロー」
「意外!」
「実は、大泉洋さん、好きなんです」
「そうだったんだ」
「ちょっとBOSSに似てませんか」
「え?」
「さあ、早く行きましょ♪」

クールでミステリアスなイメージのエミリーが、目をキラキラさせている。こんなエミリーを見るのは初めてかも知れない。いい歳をして、私の心臓は少し高鳴るのだった。



比呂美「英雄君といたら、大丈夫な気がする。一緒にいても安全そうだし」
英雄 「それは・・・男としては複雑な・・・」




ん?エミリーの言う僕と大泉洋が似てるって、まさかこういう意味じゃないよね?
ZQN(ゾンビ)が飛び出してくるシーン。ビクンと体を揺らす彼女。と思いきや、私の袖をしっかと握りしめる。驚いて彼女の方を見ると、
「持たせていただいても、よろしいですか」
潤んだ瞳でそんなこと言われたら、うんうんとかぶりを振るしかないでしょ。
「Thx, Tommy」

映画館でしか味わえない、大スクリーンとドルビーサウンド、そしてもう一つの醍醐味を堪能した柿落としの一日であった。


【おしまい】
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