第50話 傷つけられた写真①

文字数 2,006文字

「——そうかあ、テニスの師匠が亡くなっちゃったんだね……いやあ、よかったよ。いや、よくはないんだけどさ……正語(しょうご)にひどいことされたのかと思って、焦ったよ……警察官なのに、未成年淫行って、ひどすぎるしさ……でもそうじゃなかったんだね、ホントよかったよ……」

 運転席の正思(しょうじ)は何を心配していたのかわからないが、よかったよかったと何度も繰り返した。
 秀一(しゅういち)は正思から着替えを借りた。大柄な正思のラガーシャツはダボダボだったが、強い日差しの中を走り汗だくだったので助かった。

「公民館に行って、ガンちゃんがオレに渡したがっていた写真を見つけたいんです……なんかすごい大事なものらしいんですよ……」

 その写真を見つけ出して、確かに受け取ったと亡くなった岩田を安心させたかった。

 飲みかけだけどと、正思(しょうじ)が手を伸ばして、後部座席の秀一にコーラを渡してきた。
 秀一は礼を言って受け取った。喉に詰まらせながら一気に飲んだ。

「オレ、ガンちゃんが事務所の中に入っていくのを見てたんです。ガンちゃん、入る前に立ち止まって会釈していたから、きっと中に誰かいたんだと思います……」

「カバンにチョコ入ってるから食べて。冷たくないけど水も入ってるよ」

 どうもと秀一は正思のカバンを漁った。

「その人も驚いていると思います……ちょっと前まで元気だった人が突然亡くなるなんて……すごいショックだし……」

「そうだねぇ」と正思から気のなさそうな返事が返ってきたが、秀一は話し続けた。自分の疑問を誰かに聞いてもらいたかった。

「……ガンちゃん、部屋の中から鍵をかけていたんです。夏穂(かほ)が鍵を探してくれて中に入れたんですけど……もし鍵がかかってなくて、すぐに病院に運べたら、助けられたんじゃないかって……そう思うと、ちょっと悔しいです……」

 チョコをかじりながら秀一は考え込んだ。

「……なんで、鍵なんかかけたんだろ……ガンちゃん、中でなにをしていたんだろ……」

「秀ちゃん、正語のこと、どう思う?」

 突然なにを言い出すのかと、秀一は顔を上げた。
 正思がバックミラー越しにこっちを見ている。

「正語は秀ちゃんのこと大好きなんだよ。あの人、さんざん遊んできたし不道徳なこといっぱいしてきたけど、秀ちゃんのことは本気みたいなんだ」

「はあ……」

「秀ちゃんは? 正語のこと嫌い?」

「そんなことないです! 頭いいし、かっこいいし、背も高いし……すごいなって、いつも思ってます」

「うんうん。尊敬に勝る愛はないよね」

 秀一は高校に入ってから身長165センチのままだ。
 これ以上は伸びないと、悲しい現実を受け止めていた。
 足には自信がある。ストロークもボレーも技術は超高校級だ。
 だがサーブはどうしても高身長が有利。
 もっと背が高ければと願ってしまう。

「……オレ、正語みたいになりたいです……」

「ロールモデルが近くにいるって貴重だよ。正語とずっと一緒にいてよね」

「はいっ! わかりました!」と秀一は背筋を正した。

『自分を高めるために理想とする人物を念頭に日々努力しろ』とは、部活の顧問の言葉だった。
 顧問はフェデラーが憧れだと言った。
 フェデラーの動画を観続け、この場面に遭遇したらフェデラーはどんな反応をするか、どう受け答えるかと考えて、日常生活でもフェデラーと共に過ごしていると言っていた。

「僕も秀ちゃんのお義父(とう)さんになる気満々だからね。世間がなんと言おうと全力で味方するよ。今は多様性が認められているし、時代は君たちに追い風だからね!」

 ちょっと何言ってるかわからないが、ありがとうございますと秀一は頭を下げた。

「それなのに秀ちゃんは、一輝(かずき)くんが亡くなった日に、みずほにいた事を正語に黙ってるでしょ。正語が知ったら落ち込むよ。なんで黙ってるの?」

 ああその話かと、秀一は困った顔をした。

「一輝くんのスマホ、データが復元されて、秀ちゃんの声が残ってたよ。『スマホを棚に置いといた』って言ってたけど、どこの棚に置いたの?」

「……温室の前の棚です……」

「一輝くんが亡くなった温室だね?」

「はい」と秀一は項垂れた。

「秀ちゃんはどうしてあの日にみずほに来ていたことを内緒にしているの?」

「……約束だから……」

「お兄さんと?」

「違います……」

「秀ちゃん、僕はお義父(とう)さんなんだよ! 全部話して!」

 正思の口調は強かったが、非難ではなかった。
 秀一には自分のことを本気で心配してくれているのがわかった。

 母親が亡くなり、東京で生活するようになってから、光子と正思は親代わりだった。
 だが正思は父親

ではなく、自分は父親だと言ってくれている。
感動してきた。
 この人には正直になろうと、秀一は観念した。

 秀一は兄と会った最後の日のことを語り始めた。

「……あの日、兄さんは涼音のことを心配していました。自分では解決できないから、オレに涼音と話してくれって……だから、オレをみずほに呼んだんです……」

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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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