一番のファン

エピソード文字数 744文字

 時、一九七九年。
 場所、ニューヨークのロックフェラー・プラザ。
 テレビの出演を終えたばかりの人気作家がNBCのビルを出ると、予想したとおり、待ち構えていたファンに取り囲まれた。

 こういった連中は、単なるサイン・コレクターにすぎない――作家はファンを無視して足早に歩いた。

 そのなかの一人の男が大声で叫んだ。
「あなたの一番のファンです」
「どうもありがとう」作家は愛想笑いを浮かべながら手を振った。
 男は勇気を振りしぼり、駆け足で作家に近づいた。
「いっしょに写真に写ってくれませんか?」
「写真はちょっと……」作家は苦笑いを浮かべた。
「そこをなんとかお願いします」男はあきらめない。「ハワイから、あなたに会いにやってきたんです。一枚だけで結構です」
「握手ならするけど……」
「どうかお願いします。あなたと写った写真をハワイにいる母親と恋人に自慢したいんです」
 あまりのしつこさに作家は根負けした。
「じゃあ、急いで――」と、作家は承知した。
 すると男は近くにいる者にポラロイド・カメラを渡し、作家と並んで写真におさまった。
「サインしてください」
 さらに男は、図々しくもできあがったポラロイド写真にサインをせがんだ。
「ええと、あなたの名前は?」
 作家は男のさしだす特殊な白いペンをうけとり、サインしてやった。
「――これでいいかな?」
「ありがとうございます」
 男は喜々としてサイン入りのポラロイド写真をうけとった。


 その翌年、同じように写真を撮ったあと、ジョン・レノンを殺害した男の名は――マーク・チャップマンだった。さいわい作家は殺されなかったが、モダン・ホラーの帝王がファン心理の恐ろしさに背筋が恐怖に凍りついた。

 


 

 



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