六月 / 愛しい人

文字数 543文字

「勝手に生きる権利とか捨てんなよ」


気づけばその言葉を遮って、彼女の腕を引いていた。
細くて白い、可憐な腕、
目に涙を浮かべて、驚く顔に、
やっぱり「可愛い」と思ってしまっていた。
彼女に恋をしている事を、認めた瞬間だった。


「綺麗事とか、思っても、何でもいい、僕の話を聞け」
「生きる権利を勝手に捨てようとするな」
「お前が、もし男の子になりたい、なら」
「その夢の為に、生きろよ」
口をついて出た言葉だった。
こんな言葉で、和泉を止めようなんて考えてた。
愚かな、馬鹿な綺麗事。

それでも、和泉は驚いた顔をして、
ただ、泣きながら、笑っていた。

「そう...そうか」
「君は、君だけは、ボクを認めてくれるんだね」
「良かった」
「これで、勇気が出たよ」
「この一人称だって、何度もバカにされた」
「でも」
「ボクは、ボクで、いいんだね」


自分よりも十センチは小さい身体で、
彼女は、僕の胸の中で、泣いていた。
可愛くて、でも、彼女は、男として生きる事を望んでいて。
ああ、これで、最後なんだな、と、それだけ思った。


「は?!」
自分の胸の中で泣く和泉に焦っていれば、
「男同士だし、いいでしょ」
なんて悪戯っ子の様に笑い泣きするものだから、
もうどうしようも無く、
「...まぁ、いいよ」
初めて一緒に帰ったあの日のような返事しか、出来なかった。
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