第1話 わたしをあたためて
文字数 1,250文字
「もしもし。いまどこにいますか」
「ごめんね。ママお仕事先で迷子になっちゃって、今走ってそっちに向かってる」
「はやくきてねママ。あーくんいいこでまってる」
スマホを切った『ご主人』は、ベッドで男にまたがったまま、下から揺すられて荒い息を吐き続けています。
私は指輪。
結婚式の時「指輪の表は皆が見るが、内側は人から見られない。はめた人の内面を知るのも指輪だけだ」
と牧師さんから告げられて、優しい旦那様の手から、白いドレスとベールを着けた花嫁の指にはめられました。
それ以来私の内側はご主人の指で温められてきました
ある時からご主人の指が他の男の手を握り、そいつの肌に触れ抱きしめ、私は抜かれてベッドサイドに置かれるようになりました。
電気が消されて何も見えなかったけど、カーテンから漏れる外の光で、ご主人の顔は泣きそうでした。
でもそいつと絡み合う声は、とても嬉しそうなんです。
ご主人は旦那さんを愛している。一日に何度も好きと言いあってる。
なのにご主人を荒々しく扱う乱暴な他の人と、知らないお部屋に来てしまう。
「わたし」はとうとう、そこに向かう電車の中で、指から抜かれてバッグにしまわれるようになりました。
やがて、ご主人は男に会わなくなりました。
とても重い病気のようでみるみるげっそりとやつれていきました。
私はしばしばご主人の指から抜けそうになって、必死に左手の薬指にしがみついたものです。
苦痛と不安で泣くご主人を、旦那様は抱きしめました。
間もなく、ご主人は入院しました。
はじめ大部屋だったのに、まもなく何度も手術を受けて、器具のいっぱいある個室に移りました。
旦那さんと男の子は、何度もお見舞いに来ました。
ご主人を抱いた乱暴な男は全く見なかった。
すっかりゆるゆるになってしまった私を、ご主人は指から抜いて、あの日のようにベット脇のクローゼットに置いていました。
しばらくして、ご主人は顔に布をかけられストレッチャーに載せられて、ベッドから運ばれていきました。
旦那さんがやってきて、荷物をまとめ、泣きながら私を箱に入れました。
私は箱の中で眠りにつきました。
何年経ったでしょう。
「もしもし、今どこにいる?」
「駅の地下で迷ってる。ネットの地図観て来たはずなのに」
私は若々しい男女の声に起こされました。
箱のふたが開きます。
「……すごく素敵じゃないの。これ、私に?」
「うん。お袋の形見なんだ。婚約者の死んだ母親の指輪なんて縁起が悪いって、嫌がられないかなと心配だった」
「そんなことない。嬉しい。思いの詰まった指輪を私にくれるなんて」
すっかり大人になった男の子が私を手にとって、傍らに立つ可愛い女性の薬指にはめます。
「わあぴったり。準備してあったみたい」
「本当だ。本番の式の時、これを君につけてもらうからね」
「ありがとう。待ってます」
「うん。君を幸せにします」
箱に戻された私は、いつか聞いた言葉だなとぼんやり思いめぐらせました。
『その日』また開かれることを楽しみにしています。
「ごめんね。ママお仕事先で迷子になっちゃって、今走ってそっちに向かってる」
「はやくきてねママ。あーくんいいこでまってる」
スマホを切った『ご主人』は、ベッドで男にまたがったまま、下から揺すられて荒い息を吐き続けています。
私は指輪。
結婚式の時「指輪の表は皆が見るが、内側は人から見られない。はめた人の内面を知るのも指輪だけだ」
と牧師さんから告げられて、優しい旦那様の手から、白いドレスとベールを着けた花嫁の指にはめられました。
それ以来私の内側はご主人の指で温められてきました
ある時からご主人の指が他の男の手を握り、そいつの肌に触れ抱きしめ、私は抜かれてベッドサイドに置かれるようになりました。
電気が消されて何も見えなかったけど、カーテンから漏れる外の光で、ご主人の顔は泣きそうでした。
でもそいつと絡み合う声は、とても嬉しそうなんです。
ご主人は旦那さんを愛している。一日に何度も好きと言いあってる。
なのにご主人を荒々しく扱う乱暴な他の人と、知らないお部屋に来てしまう。
「わたし」はとうとう、そこに向かう電車の中で、指から抜かれてバッグにしまわれるようになりました。
やがて、ご主人は男に会わなくなりました。
とても重い病気のようでみるみるげっそりとやつれていきました。
私はしばしばご主人の指から抜けそうになって、必死に左手の薬指にしがみついたものです。
苦痛と不安で泣くご主人を、旦那様は抱きしめました。
間もなく、ご主人は入院しました。
はじめ大部屋だったのに、まもなく何度も手術を受けて、器具のいっぱいある個室に移りました。
旦那さんと男の子は、何度もお見舞いに来ました。
ご主人を抱いた乱暴な男は全く見なかった。
すっかりゆるゆるになってしまった私を、ご主人は指から抜いて、あの日のようにベット脇のクローゼットに置いていました。
しばらくして、ご主人は顔に布をかけられストレッチャーに載せられて、ベッドから運ばれていきました。
旦那さんがやってきて、荷物をまとめ、泣きながら私を箱に入れました。
私は箱の中で眠りにつきました。
何年経ったでしょう。
「もしもし、今どこにいる?」
「駅の地下で迷ってる。ネットの地図観て来たはずなのに」
私は若々しい男女の声に起こされました。
箱のふたが開きます。
「……すごく素敵じゃないの。これ、私に?」
「うん。お袋の形見なんだ。婚約者の死んだ母親の指輪なんて縁起が悪いって、嫌がられないかなと心配だった」
「そんなことない。嬉しい。思いの詰まった指輪を私にくれるなんて」
すっかり大人になった男の子が私を手にとって、傍らに立つ可愛い女性の薬指にはめます。
「わあぴったり。準備してあったみたい」
「本当だ。本番の式の時、これを君につけてもらうからね」
「ありがとう。待ってます」
「うん。君を幸せにします」
箱に戻された私は、いつか聞いた言葉だなとぼんやり思いめぐらせました。
『その日』また開かれることを楽しみにしています。