第5話
文字数 1,489文字
次の日曜日、俺は早速、図書さんに呼び出されていた。
「顔見知りのお婆さんが飼ってるダックスフントが土佐犬に襲われる夢を見たの」だそうだ。
やれやれだ。俺は解決方法の入ったビニール袋を手にし、駅前で図書さんを待つ。
なかなか来ないな、緊急なのだから待ち合わせの五分前には来てるものだろうなどと思っていると、いきなり見知らぬ妙齢のお嬢様に袖を引っ張られた。よくよく観察すれば、私服の図書さんだ。
すでに解決方法を見つけていることを教えるとほっとした顔を見せる。
図書さんの住み処は、三方を川に囲まれた小さな町にあった。古い町並みが多く残っていて、その中に建売住宅が点在している所だ。
とりあえずそうした建売住宅の一つである図書さんの家に行き、飼い犬の雄太(柴犬、性別はなぜかメスだった)を紹介され、俺は絶句した。雄太は、俺の名前でもあるのだ。
「雄太を飼い始めた頃、弟が欲しかったんだよねえ、私」
俺は複雑な気分になった。
図書さんの両親は留守らしく――挨拶をせずにすんでちょっとほっとした――、そのまま二人と一頭で散歩を始める。
散歩道は土手沿いにあり、時刻は午前十一時過ぎだ。
「この時間によく犬を連れて、散歩してるの。そのお婆さん」
やがて、そのお婆さんと遭遇する。
「こんにちは、お婆ちゃん。ほら、雄太も挨拶しなさい」
図書さんがそう言うと、柴犬の雄太がわおんとひと声鳴いた。俺も頭を軽く下げる。ダックスフントもわんわんと吠える。
……何の羞恥プレイですか、これは。
「あらあら。こんにちは、お嬢さん。今日は彼氏さんと一緒なの?」
おいおいおい。
えへへー、と図書さんは笑った後、言葉を紡いだ。
ん? 今、何言った?
周囲を警戒していた俺は図書さんの言葉を聞き逃していた。
会話に耳をそばだてようとしたが、そのチャンスはなかった。
いきなりだ。出やがった。土佐犬というものはかなりでかい生き物だった。突進してくるその姿は迫力に満ちている。勘弁してくれ。
「トショ!」
俺が叫ぶと、図書さんは頷き、雄太(柴犬の方だ)と共にお婆さんの前に立った。簡単に言えば、盾だ。
俺は更にその前に立ち、ビニール袋に手を突っ込んで、中のものを掴む。それを土佐犬に向かって投げつけた。
土佐犬はそれに気づくや急停止した。
よし、成功だ。
土佐犬はステーキ用オージー・ビーフに夢中になり始めた。お値段は、一パック二枚入りで七百八十円。くそっ、この贅沢ものめ。
やがて、土佐犬は飼い主に確保され、お婆さんも頭を下げながら去っていった。
これで解決だ。
しかし、俺はため息をついた。
「どうかしたの?」
「俺の財布が非常に財政難です。恨めしや、オージー・ビーフ」
「うぅ、ごめん」
「ステーキ、俺も食べたかった」
「……じゃ、じゃあ、駅前でオージー・ビーフのハンバーガーをおごってあげよう。それで手を打たない?」
「よし、いいだろう」俺は即座に復活した。「四個は余裕で食えるぞ、食欲の秋だし」
「却下、三個までです。そのかわりウィンドウショッピングにつきあってあげる」
散歩用ロープを後ろ手に持った図書さんがにっこりと笑う。
「……それはトショがしたいことでは?」
「てへ、ばれちゃった。でも、好きなようにしていいんでしょ」
……覚えていやがったですか。
「へいへい。お供いたしやす」
「へいは一回」
「へい、合点だ」
「うん、よろしい。……どこまでもいつまでもだよ」
「が、合点です」
火照った頬に当たる秋風が気持ちよかった。
了
「顔見知りのお婆さんが飼ってるダックスフントが土佐犬に襲われる夢を見たの」だそうだ。
やれやれだ。俺は解決方法の入ったビニール袋を手にし、駅前で図書さんを待つ。
なかなか来ないな、緊急なのだから待ち合わせの五分前には来てるものだろうなどと思っていると、いきなり見知らぬ妙齢のお嬢様に袖を引っ張られた。よくよく観察すれば、私服の図書さんだ。
すでに解決方法を見つけていることを教えるとほっとした顔を見せる。
図書さんの住み処は、三方を川に囲まれた小さな町にあった。古い町並みが多く残っていて、その中に建売住宅が点在している所だ。
とりあえずそうした建売住宅の一つである図書さんの家に行き、飼い犬の雄太(柴犬、性別はなぜかメスだった)を紹介され、俺は絶句した。雄太は、俺の名前でもあるのだ。
「雄太を飼い始めた頃、弟が欲しかったんだよねえ、私」
俺は複雑な気分になった。
図書さんの両親は留守らしく――挨拶をせずにすんでちょっとほっとした――、そのまま二人と一頭で散歩を始める。
散歩道は土手沿いにあり、時刻は午前十一時過ぎだ。
「この時間によく犬を連れて、散歩してるの。そのお婆さん」
やがて、そのお婆さんと遭遇する。
「こんにちは、お婆ちゃん。ほら、雄太も挨拶しなさい」
図書さんがそう言うと、柴犬の雄太がわおんとひと声鳴いた。俺も頭を軽く下げる。ダックスフントもわんわんと吠える。
……何の羞恥プレイですか、これは。
「あらあら。こんにちは、お嬢さん。今日は彼氏さんと一緒なの?」
おいおいおい。
えへへー、と図書さんは笑った後、言葉を紡いだ。
ん? 今、何言った?
周囲を警戒していた俺は図書さんの言葉を聞き逃していた。
会話に耳をそばだてようとしたが、そのチャンスはなかった。
いきなりだ。出やがった。土佐犬というものはかなりでかい生き物だった。突進してくるその姿は迫力に満ちている。勘弁してくれ。
「トショ!」
俺が叫ぶと、図書さんは頷き、雄太(柴犬の方だ)と共にお婆さんの前に立った。簡単に言えば、盾だ。
俺は更にその前に立ち、ビニール袋に手を突っ込んで、中のものを掴む。それを土佐犬に向かって投げつけた。
土佐犬はそれに気づくや急停止した。
よし、成功だ。
土佐犬はステーキ用オージー・ビーフに夢中になり始めた。お値段は、一パック二枚入りで七百八十円。くそっ、この贅沢ものめ。
やがて、土佐犬は飼い主に確保され、お婆さんも頭を下げながら去っていった。
これで解決だ。
しかし、俺はため息をついた。
「どうかしたの?」
「俺の財布が非常に財政難です。恨めしや、オージー・ビーフ」
「うぅ、ごめん」
「ステーキ、俺も食べたかった」
「……じゃ、じゃあ、駅前でオージー・ビーフのハンバーガーをおごってあげよう。それで手を打たない?」
「よし、いいだろう」俺は即座に復活した。「四個は余裕で食えるぞ、食欲の秋だし」
「却下、三個までです。そのかわりウィンドウショッピングにつきあってあげる」
散歩用ロープを後ろ手に持った図書さんがにっこりと笑う。
「……それはトショがしたいことでは?」
「てへ、ばれちゃった。でも、好きなようにしていいんでしょ」
……覚えていやがったですか。
「へいへい。お供いたしやす」
「へいは一回」
「へい、合点だ」
「うん、よろしい。……どこまでもいつまでもだよ」
「が、合点です」
火照った頬に当たる秋風が気持ちよかった。
了