第10話

文字数 2,442文字

 最後に六波羅蜜(ろくはらみつ)を勉強することにした。

 波羅蜜とは、パーラミタの音写で、本来は絶対の完全な意を表す。やがて解釈が広がり、「彼岸(ひがん)」という場所に至るために、必要な修行方法だと言われている。

 彼岸……つまり「(かの)(きし)」とは悟りの世界であり、迷いの世界である「此岸(しがん)」から抜け出し、悟りの世界に到達するために、誓願を立てることから、それが菩薩行になり、六波羅蜜と呼ばれるようになった。

 主に次の六つ「六波羅蜜」を実行することによる。

 布施(ふせ)波羅蜜……布施とは、檀那(だんな)と音写され、分け与えること。財施(ざいせ)喜捨(きしゃ)を行うこと)無畏施(むいせ)法施(ほうせ)などである。

 持戒(じかい)波羅蜜……持戒とは、戒律を守ること。在家の場合は五戒(ごかい)(もしくは八戒)を、出家の場合は律に規定された禁戒を守ること。

 忍辱(にんにく)波羅蜜……忍辱とは、耐え忍ぶこと。

 精進(しょうじん)波羅蜜……精進とは、努力すること。

 禅定(ぜんじょう)波羅蜜……禅定とは、心を集中させて、錯乱する心を安定させること。「止」によって心を落ち着ける。

 般若(はんにゃ)波羅蜜……般若は智慧(ちえ)と漢訳され、物事をありのままに観察する「観」によって(主に四念処(しねんじょ))思考に頼らない、本源的な智慧を発現させることである。

『観音様……やっぱり、六波羅蜜を行うことで、彼岸に渡れるというのは本当のことなのです?』

『そうだねえ、音夢。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧を行っていくことは菩薩行と呼ばれていて、極楽浄土に行く為に必要な修行で間違いないよ。あらゆる財をみんなに分け与え、身を正しくし、苦難を耐え忍んで、悟る為に努力をして、常に心を落ち着かせ、仏の智慧を得ることが大事なんだ』

 観音様は、そのたとえを一から説明してくれた。私は、布施が中々できない。どうにも心がケチになっているのか、みんなに施すということが、時たま惜しむことがあるのだ。観音様によると、その心を直すことが大事だと言う。

『布施とは、自分の持っている情報や金品をみんなに施すといった意味で、他にも不安を取り除いてあげたり、悩みを聞いて解決することで、陰徳(いんとく)を積むことが出来るんだ』

『観音様……徳を積むことで、どの様な結果が起こるのでしょう?』

『情けは人の為ならず……ということわざがあるね。これは情けを人にかけておけば、めぐりめぐって、いつか自分によい報いがあるよという意味なんだ。徳を積むのと、善行というのは一緒で、これによって寿命が延びたり、運勢が上がったりするんだよ』

『そんなこと本当にあるのですね……徳を積むことで、極楽の世界で評価も上がるのは間違いないのです。これによって、彼岸に渡りやすくなるというのは、その通りなのでしょうね』

『次に、持戒だね。これは五戒とも呼ばれていて、不殺生戒(ふせつしょうかい)……生き物を殺してはいけない。不偸盗戒(ふちゅうとうかい)……他人の物を盗まない。不邪淫戒(ふじゃいんかい)……不道徳な性行為を行わない。不妄語戒(ふもうごかい)……嘘をついてはいけない。不飲酒戒(ふおんじゅかい)……酒を飲んではならないといったものがある。これを最低限守らないと、仏教の修行をしているとは言えないんだ』

『はい、このことをしっかり守らないと、修行をしていても周りから一気に信用を無くしてしまいそうなのです……』

 音夢はこのことをしっかりと守っているね……と軽く頭を撫でられた。五戒をしっかり守ることが仏教では評価されるんだ。いい子いい子と子供扱いされるのは嫌だったが、悪い気分ではない。

『さあ次に、忍辱だ……。これは苦を耐え忍ぶこと。苦労を経験しないと人は成長しないからね。少しずつでもしっかりやっていく必要があるんだ。若いときの苦労は買ってもせよ……という言葉があるけれど、人は生まれたからには苦労を経験する必要があるのさ。だが、これは苦行とは異なるから勘違いしないようにね』

『はい、苦には偏らず、楽にも偏らず……中道を行くことが大事なのです。何事もほどほどが一番だということですね』

 きっと、お釈迦様は六年の大苦行によって、一気に成長なされたのです。でもそれでは、体を壊してしまうし、いいことは一つもない。きっと、本能的にこれは人に教えるべきではないと解釈されていたに違いない。苦行で苦しむのは自分だけでいい……お釈迦様らしいのです。

『精進をしていくというのは、今の人間に足りないものかも知れない。お金を得る為だけに、仕事だけをしていればいいとか、それでは正しい努力とは言えない。それで精進する心を忘れてはいけないね』

『はい……観音様。日本では働く人は、それだけで無条件に偉いと誤解されがちですけれど、実際は向上心が大切で、彼岸に渡る努力を怠ってはいけませんね』

『禅定について教えるよ。心を常に落ち着かせることで、余裕を持つことが大事だ。現代人は心に余裕がない……。これがいけない。心の安定を図らないと、大事な時に失敗してしまう。それによって、無意識に悪いことをしてしまうことがある。禅によって、これらを解決しなければいけないね』

 そうなのだ……人生には余裕が必要だ。余裕がある人はどこか格好いい。常に心のセルフコントロールを図ることが大事なのだ。禅定によらなければ悟りの境地を得られないのは、お釈迦様が一番よくわかっていた。だから、人間には禅が必要なのだと思う。

『最後に、智慧だ。これが一番説明が難しいけれど、今までの波羅蜜を実践することで、正しい知識や知恵が自然に生まれてくるんだ。これを仏教では智慧(ちえ)と呼ぶ。大切なのはあらゆるものを観察をすることだね。私が観世音(かんぜおん)と呼ばれているのは、観察による智慧を実践しているからかも知れない。人や物……そして心を観察することが大事なことなんだよ』

『智慧によって、あらゆる闇を打ち破ることができると、お父さんから、聞いたことがあるのです。観察することから始まるのですね……。よくわかりました。今日はありがとうなのです』

『ああ、今日はよく勉強したねえ。お疲れ様……音夢』

 今回で、仏教の勉強は終わりだ。おさらいを終えたことで、私は何か智慧が身についたのだろうか。何にせよ、目指せ! 仏陀なのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み