第3話 病の正体

文字数 1,911文字

三笠は準備を整えるため、詰め所に舞い戻った。

念のため、鎧兜に身を包んでいざ出ようとしたその時だった。

下の者があわてた様子で、三笠の元へ駆け込んで来た。

「たいへんです! 先日、奇病に侵された公卿のひとりが息を引き取りました。

他の者らも危篤に陥っておるそうです」

 下の者が神妙な面持ちで告げた。

「それはまことか? 目を覚まさぬままか? 」

「それが‥‥ 。いっとき、目を覚ましたとか。

医師を呼びに行っている間に、息を引き取ったそうです」

「相分かった。その危篤にある公卿の家はいずこじゃ? 」

「はい。お連れします! 」

 三笠は、鎧兜を脱ぐと白衣に着替えた。

危篤状態に陥っているという公卿の屋敷は、

ゆうれいやしきからほど近くにあった。

家の者の話によると、いつもであれば、ゆうれいやしきを避けて、

遠回りして、別の道を通っていたという。

その夜は、どうにしてもことわれない宴に呼ばれて、

いつもよりも、多めに酒をちょうだいしたらしい。

(深酒で、気でも大きくなって、肝試しでもと通ったのか? )

「先に息を引き取ったのは、船島殿。

今、危篤にあるのは、同僚の早生殿。そして、藤沢殿です。

3人は、宮内庁の官史です」

「お隣同士だというわけか‥‥ 」

「はあ。そのようで」

 まずは、早生の屋敷を訪ねた。すると、使用人があわてて、2人を引き止めた。

「後生ですから。どうか、中へは入りなさいますな」

 なぜか、使用人が、2人が入ることを拒んだ。

「ここにおられるお方は、宮に仕える医師の三笠殿。

何故、高名な医師を拒むのですか? 」

 下の者が食い下がった。

「主の妻からきつく、外の者を誰も寄せつけるなと言い遣っております」

 使用人が小声で告げた。

「さように、ひどい有様なのか? まさか、はやり病を疑っているのか? 」

 三笠が冷静に問いただした。

「さようです。実は、最初に、奇病にかかった主だけでなく、

従者3人と看病をした使用人2人もまた、急病につきこの世を去っております」

 使用人が心苦し気に答えた。

「なるほど。それで、感染を恐れたと言うわけか」

 三笠が独り言のように言うと、使用人が顔をゆがめた。

(さぞかし、おそろしいことじゃろ。なにせ、奇病が他に移るものとなれば、

悪い噂が立ち、家門に傷がついてしまうから)

「相分かった。気休めにしかならぬかもしれぬが、

近頃、流行っている病の特効薬を受け取るが良い」

 三笠が、手にしていた袋の中から薬袋を取り出すと、

それを使用人の手ににぎらせた。

「かたじけない。ありがとうございます 」

 使用人がその場で土下座すると、お礼を告げた。

その後、2人は、藤沢の屋敷を訪ねた。

すると、屋敷の中から、泣きさけぶ声が聞こえた。

急いで、中へ駆けこむと、藤沢卿が目を開けていた。

「おお! 目を覚まされたか! 」

 三笠が興奮のあまりさけぶと、家の者が気づいてふり返った。

ふり返った人たちは、看病疲れからかやせ衰えていた。

「あなたさまはどなたですか? 」

 中年の女性が目を丸くして聞いた。どうやら、この人が、主の妻らしい。

「医師の三笠と申す。主の具合はいかに? 」

 三笠は枕元に座ると言った。

「長く、寝ついたおりましたが、たった今、目を覚ましました」

 主の妻がホッとした様子で告げた。

「診ても良いか? 」

「お願いいたします」

 三笠は、ぼ~っとなっている藤沢卿の顔色や手足を入念に診た後、

思い立ったように、藤沢卿の衣を開かせた。

心臓の周辺に、赤い斑点が散らばっていた。

「ここをつかれたようじゃ」

 三笠は慎重に、藤沢卿の胸元を指さすと指摘した。

「心の臓ですか? 」

 下の者が言った。

「おそらく、なにか、熱を帯びた槍か何かで、

何度も、心の臓器を突かれたのじゃろ」

 三笠が神妙な面持ちで告げた。

「熱を持った槍とな!? 」

 その場にいる誰もが、その診たてに驚きを隠せなかった。

「あの、主人は治りますか? 」

 主の妻が不安気に聞いた。

「今はなんとも言えぬが、応急処置はいたした。

あとは、回復を待つだけです」

 三笠が冷静に答えた。

「ありがとう」

 部屋を出る間際、藤沢卿が蚊の鳴くような声で告げた。

「礼には及ばぬ。おかげで、何かわかった気がする」

 三笠が背を向けたまま、独り言のようにつぶやいた。

屋敷の外に出ると、輿が待っていた。

三笠の姿をみつけるなり、従者が風呂敷包を抱えながら近づいて来た。

「いかがでございましたか? 」

「よほどの悪運の持ち主とみた。ちょうど、息を吹き返したところに、

間に合い、応急処置をすることができた」

「それは良うございました。急がねば、約束の刻限に間に合いません」

「相分かった」

 三笠は、従者から手渡された鎧兜に身を包むと輿に乗り込んだ。





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