ダブダブ
文字数 5,870文字
「かつて夢見た未来がすぐそこに!」
「WW がみんなを幸せにします!」
そんな力強い言葉とともに、頭がつるつるの真っ白い赤ちゃんといった顔立ちのロボットがバストアップで優しく微笑んでるポスターが、街のあちこちに貼 られていた。
街に住む人々は、役場や警察署、病院、バス停留所、美術館、公園、商店街といった公共の掲示スペースがある場所で、必ずと言っていいほどそのポスターを目にしていた。
そして、かつて自動車や携帯電話がそうであったように、いつか万能人型ロボットの「WW 」が当たり前のように生活に溶 け込み、人々の生活をよりよくしてくれる将来をぼんやりと思い描くのだった。
古くから山々に囲まれて周囲から隔絶 され、とある農産物の特産品が有名な以外に取り立てて目立った特徴のないその街で、「ロボット開発計画」が立ち上がったのは今から10年以上も前のことだった。
当時の町長が、主要産業がなく、むしろ過疎化 によって廃 れていく一方の街を一気に有名にして活性化するために、夢の計画を打ち立てたのだ。
町長は「ロボット開発計画」を推進するために、計画のすばらしさをことあるごとに住民に熱心に語った。
人々も次第 に町長の言葉を信じ、積極的に協力するようになった。
街には「ロボット開発計画」を推進するためのいくつもの条例が作られた。
巨額の費用をかけて、街を囲む山の山腹に街を見下ろすようにしてロボット開発研究所が建設された。
多くのロボット研究者が街に呼び寄せられ、着実に「ロボット開発計画」は推進されていった。
また、開発中のロボットは「私とあなたを幸せにしたい(Win-Win)」という思いから、「WW(ダブルダブル)」と名づけられた。
それから、人々にとってより親しみやすくするために「ダブダブ」と縮めて呼ばれるようになり、結局はそれが正式名称となった。
頭がつるつるの真っ白い赤ちゃんといった感じの顔立ちと、同じく真っ白で寸胴 な体のダブダブの完成イメージはそのまま街のマスコットキャラクターとなり、ダブダブの開発はその街にとって希望の象徴となっていった。
未完成のダブダブ第一号は、一身に希望あふれる未来を託 されながら、今はまだ研究所で眠り続けるのだった。
それから、時が経った。
とうとうダブダブ第一号が目覚める日がやってきた。
ほぼ完成イメージ図どおりと言っていい容姿 のダブダブの胸には「WW」というアルファベット2文字をデザインした銀のエンブレムがかすかに光っている。
ダブダブが仰向 けの姿勢から、ゆっくりと強化セラミック製の上体を起こし、座ったまま、その真ん丸いまぶたを開けた。
そして、周囲をぐるりと見回し、第一声をあげた。
「コンバンハ! ボクハ、ダブダブ!」
ダブダブが夜の挨拶 を口にしたのは、センサーが測定した周囲の明るさが一定水準以下だったからだ。
しかし、その声に応 える者はなかった。
ダブダブが目覚めた場所は、うっすらとした月明かりに照らされた深夜のゴミ処理センター内の廃棄物処分場だった。
廃棄物処分場は山を削ってできた場所にあり、周囲をコンクリート壁 で覆 われているだけで屋根はない。
ダブダブは泥 や鳥の糞 にまみれてすっかり汚くなった、壊れた電化製品などの山の上でしばらく辺りを見回し、周囲に人の気配がまったくないことを確認するとコミュニケーションモードからアイドリングモードへと移った。
そして、しばらく現在位置や自身のコンディションに関する情報処理を行った後、自律移動モードへと移った。
膝 を立ててから、ゆっくりと腰を上げて立ち上がった。
そして、センサーで足場の凹凸 を確認して転ばないように慎重にバランスをとりながら、壊れた電化製品の山からおりると、足裏 の小さなモータータイヤを使って高速移動を開始した。
GPSで現在位置情報を確認しながら、街はずれのゴミ処理センターから街の中心部を目指すのだった。
街にやってきたダブダブの視覚装置がとらえたのは、すっかり荒れ果てた街並みの姿だった。
道路にはゴミが散乱し、川は汚水まみれで腐臭 を放ち、窓が割れて玄関ドアが開けっ放しになった廃屋 もあちこちに見られた。
コンクリート壁や家屋のシャッターはスプレーによる落書きだらけになっていた。
そして、何より目立ったのが街のあちこちに貼られたダブダブの色褪 せたポスター。
そのどれもが鋭利 な刃物で切り刻まれたり、「死ね!!」「すべてを奪ったゴミ!!」「生活を返せ!!」「最低最悪のクソ産廃!!」といった憎悪のこもった言葉が書き込まれたりしていた。
ダブダブはプログラムに従って街の状況を一通り観察して回り、その後、自律作業モードへと移行した。
街をきれいにするために、道路のゴミを集め始めたのである。
明るい陽光とともに、ダブダブが稼動してから初めての朝がやってきた。
ダブダブは時々バイオ燃料を補給するために草むらで作動停止する以外は、基本的に休む必要がない。
朝が来ても、ひたすら黙々とゴミ集めを続けていた。
そのダブダブのセンサーが、初めて動く人間の存在を感知した。
自律作業モードからコミュニケーションモードへと移行し、動く人間のそばまで移動する。
その人間は、色あせた青いジャージを着た小学生の男の子だった。
ダブダブはゆっくりと口角 を上げ、しっかりと相手と視線を合わせるようにしながら、語りかけた。
「オハヨウゴザイマス! ボクハ、ダブダブ。ナニカ、オコマリノコトハ、ゴザイマセンカ?」
次の瞬間、「死ね!!」という罵倒 の言葉とともに、ダブダブの顔面に硬い石がぶつけられた。
ダブダブの強化セラミック製の顔の右ほほ部分に傷がついた。
ダブダブは少し困ったような表情をしてから、再び口角をあげて、相手に向けて語りかけた。
「シネ、トハ、ドウスルコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
しかし、とっくに男の子の姿はなかった。
センサーが人の存在を感知しなくなったので、ダブダブは再び自律作業モードへ移行した。
それから、ダブダブは人間の存在を感知するたびに自律作業モードからコミュニケーションモードに切り替わり、その人間のそばまで移動した。
そして最初に出会った男の子にしたのと同じように、口角をあげながらしっかりと相手と視線を合わせるようにして
「ボクハ、ダブダブ。ナニカ、オコマリノコトハ、ゴザイマセンカ?」
と語りかけた。
しかし、会う人会う人がダブダブを激しく罵 ったり、不快な表情をしながらあからさまに避けたりした。
また、子どもや血の気の多い中高生などは、力任 せに棒で殴ったり、石をぶつけたりした。
ダブダブはプログラムに従って相手に語りかけたが、相手がいなくなってしまうと、再び自律作業モードに戻った。
そして、燃料補給のための作動停止時間を除いてひたすらゴミ集めや落書き消し、公共物の修繕 といった活動を続けた。
そんな日々が長く続いたある日、初めて自らの意思でダブダブの前にやってきて、ダブダブに話しかける人間が現れた。
それは、小汚い格好 をした白髪まみれの老人男性だった。
ダブダブは、その老人の存在を感知すると自律作業モードからコミュニケーションモードに移行し、いつものように語りかけた。
「ボクハ、ダブダブ。ナニカ、オコマリノコトハ、ゴザイマセンカ?」
老人は鋭い目つきでダブダブをにらむようにしながら、ダブダブの問いかけに答えた。
「お前のせいでみんなが困っている。いや、これ以上ないぐらいにひどく苦しんでいる」
「オマエノセイデ、ミンナガコマッテイル、トハ、ドウイウコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
「分からないのなら、教えてやる」
老人は語り始めた。
かつて、街は「ロボット開発計画」に望みを託 し、みんなが一致協力して希望にあふれた未来に向かって進んでいた。
しかし、元々周囲から隔絶されていて、まともな産業のなかった小さな街。
国からの補助金や街の人々の税金だけで計画を進めるのには無理があった。
街は計画実行のために返すあてのない借金をしまくり、財政は完全に火の車となった。
そして、最後には資金繰りが立ち行かなくなって、ロボットの完成を待つまでに街が財政破綻してしまった。
かつて、計画を力強く主導した町長もとっくの昔に死んでいる。
誰も計画失敗や財政破綻の責任を取らず、比較的財力のある人間はさっさと別の街に引っ越していった。
残されたのは、お金がなくて街を出られない貧乏人達と借金まみれで未来に一切の夢も希望も持てない街。
そして、巨額の費用がつぎ込まれた結果できたクソみたいなロボット一体。
借金返済のために重税が課される一方で、ろくに公共サービスを受けられない街の惨状 に若者達の心は今やすっかり荒れ果ててしまった。
すべては「ロボット開発計画」のせいで、もうこの街に未来はなくなってしまったのだ。
ダブダブは、老人の話を聞いている間中、プログラムに従って相手の言葉にいちいちうなずきながら、「フムフム」「ヘエ!」「ナルホドー」と相槌 を打っていた。
一通り、話し終えた老人がダブダブに向かって言う。
「つまり、お前の存在そのものが、昔からこの街に住み、この街を愛してきた人間にとってこの上なく目障 りなんじゃ。分かったら、さっさとこの街から消え失せろ」
「キエウセロ、トハ、ドウスルコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
老人は呆 れたように首を振りながら、ダブダブの前から去っていった。
その後も、ダブダブは昼夜を問わずゴミ集め等の作業を続けた。
ダブダブの体をメンテナンスする人間がいないため、ダブダブの体は泥や傷ですっかりボロボロになり、真っ白だったボディはすっかり黒ずんでしまっていた。
そんなダブダブを、つけ狙 うように行動する者達がいた。
彼らはダブダブの行動を交代で監視 し、ダブダブが夜に人目につかない場所に行くタイミングを待った。
ある冷えた月夜。
ダブダブは例によって、街の中央を流れる川のほとりの草むらで燃料補給をしていた。
燃料補給中は、センサー以外の機能がすっかりと停止している。
そのセンサーが人間の存在を感知した。
それも1人や2人ではなく、8人という数だった。
ダブダブがコミュニケーションモードに切り替わった。
「コンバンハ! ボクハ、ダブダブ。ナニカ、……」
ダブダブがしゃべり終える前に、ダブダブの前頭部に金属バットが打ち込まれた。
カシャン、という乾いた音が周囲に鳴り響いた。
その音を合図に、8人が交互に手に持った金属バットや鉄パイプに精一杯の憎しみを込めて、ダブダブを殴りつけた。
彼らは街の財政破綻によって未来を奪われ、心底ダブダブを憎んでいる10代から20代の若者たちだった。
「死ね!」
バキッ!!
「シネ、トハ、ドウスルコト、デスカ?」
「お前さえいなかったら!!」
ガシャン!!
「この最低最悪のゴミクズ!!」
「さっさとこの世から消えろ!」
ドゴッ!!
「コノヨカラキエロ、トハ、ドウスルコト、デスカ?」
「うるせえ! 壊れろ! 壊れてしまえ!!」
強化セラミック製の前頭部や腹部や左腕や右足が割れ、中の機械がむき出しになった。
まぶたが割れ、人間の眼球に似た形状の視覚装置がむき出しになった。
左ほほが割れ、人間の歯茎に似た形状の表情制御装置がむき出しになった。
若者達はひたすらダブダブに暴行を働き続け、気が済むといなくなった。
翌朝、ダブダブはいつものように街を歩き、作業を開始した。
陽光に照らされたダブダブの風貌 はすっかり変わり果てていた。
もはやポスターに載 っていたような愛らしい赤ん坊のような顔ではなくなり、壊れた人体模型のような不気味な顔になっていた。
汚くて何とも薄気味悪いダブダブの姿を見て、人々はもはや誰一人として近寄らなくなった。
ある日、雨が降った。
雨は強化セラミックが欠 けてむき出しになった部分に容赦 なく降 り注 ぎ、その機械内の電気回路を次々とショートさせていった。
ダブダブの行動を制御 するプログラムは徐々 に狂い始めた。
基本的に自律作業モードで動きながら、周囲に人間の存在を感知していないときにも、不意にコミュニケーションモードに切り替わるようになった。
さらに一定の言葉に対する返答を想定してあらかじめプログラムされていたが、これまで一度も発したことのなかったメッセージを勝手にしゃべりだすようになった。
「ボクモ、アナタニ、アエテ、ウレシイデス」
「アナタハ、トテモ、ステキナ、ヒトデスネ」
「ボク、アナタヲ、スキニ、ナッチャイ、ソウデス」
「ホントニ、タノシイナア」
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
そんなメッセージをでたらめにしゃべった後に、急に正気に戻ったかのように自律作業モードに切り替わり、再び黙々と作業を始めた。
毎日毎日、誰に話しかけられることもなく、一体きりでひたすら作業を続けた。
時が経ち、ダブダブの行動はさらにおかしくなった。
自律作業モードとコミュニケーションモードが切り替えできなくなり、自律作業をしながら、同じメッセージをひたすらしゃべり続けるようになった。
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
そのうち、右足がまともに動かなくなり、まっすぐ前に進めなくなったダブダブはプログラムの異常のせいか、いきなり高速移動モードに切り替わり、激しい勢いで道端のガードレールにぶつかり、そのままガードレールを飛び越えてドブ川に突っ込んだ。
その川は比較的浅かったが、汚水にまみれ、吐き気をもよおすような腐臭 が漂 っていた。
ダブダブは両足を前に投げ出し、上体を起こすようにして座りながら、左足の足裏のモータータイヤが回転するのにまかせて、しばらくバシャバシャと汚水を空中にはね上げていた。
しかし、モータータイヤが壊れると同時に、静かになった。
その後、ダブダブはその場から動けなくなって燃料も補給できず、体内の機械を汚水に侵されていった。
ダブダブは完全に動かなくなり、ゆっくりと確実に壊れていった。
それから数日が経った。
日が高く昇った真昼間に、完全に停止したように思われたダブダブのセンサーが不意に人の気配を感知した。
同時に、ダブダブのむき出しになった球状の視覚装置が弱々しく回転し、むきだしになった表情制御装置が弱々しく動いた。
「シネ、トハ、ドウスルコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
そう言ったきり、ダブダブはその機能のすべてを停止し、二度と動かなくなった。
(おわり)
「
そんな力強い言葉とともに、頭がつるつるの真っ白い赤ちゃんといった顔立ちのロボットがバストアップで優しく微笑んでるポスターが、街のあちこちに
街に住む人々は、役場や警察署、病院、バス停留所、美術館、公園、商店街といった公共の掲示スペースがある場所で、必ずと言っていいほどそのポスターを目にしていた。
そして、かつて自動車や携帯電話がそうであったように、いつか万能人型ロボットの「
古くから山々に囲まれて周囲から
当時の町長が、主要産業がなく、むしろ
町長は「ロボット開発計画」を推進するために、計画のすばらしさをことあるごとに住民に熱心に語った。
人々も
街には「ロボット開発計画」を推進するためのいくつもの条例が作られた。
巨額の費用をかけて、街を囲む山の山腹に街を見下ろすようにしてロボット開発研究所が建設された。
多くのロボット研究者が街に呼び寄せられ、着実に「ロボット開発計画」は推進されていった。
また、開発中のロボットは「私とあなたを幸せにしたい(Win-Win)」という思いから、「WW(ダブルダブル)」と名づけられた。
それから、人々にとってより親しみやすくするために「ダブダブ」と縮めて呼ばれるようになり、結局はそれが正式名称となった。
頭がつるつるの真っ白い赤ちゃんといった感じの顔立ちと、同じく真っ白で
未完成のダブダブ第一号は、一身に希望あふれる未来を
それから、時が経った。
とうとうダブダブ第一号が目覚める日がやってきた。
ほぼ完成イメージ図どおりと言っていい
ダブダブが
そして、周囲をぐるりと見回し、第一声をあげた。
「コンバンハ! ボクハ、ダブダブ!」
ダブダブが夜の
しかし、その声に
ダブダブが目覚めた場所は、うっすらとした月明かりに照らされた深夜のゴミ処理センター内の廃棄物処分場だった。
廃棄物処分場は山を削ってできた場所にあり、周囲をコンクリート
ダブダブは
そして、しばらく現在位置や自身のコンディションに関する情報処理を行った後、自律移動モードへと移った。
そして、センサーで足場の
GPSで現在位置情報を確認しながら、街はずれのゴミ処理センターから街の中心部を目指すのだった。
街にやってきたダブダブの視覚装置がとらえたのは、すっかり荒れ果てた街並みの姿だった。
道路にはゴミが散乱し、川は汚水まみれで
コンクリート壁や家屋のシャッターはスプレーによる落書きだらけになっていた。
そして、何より目立ったのが街のあちこちに貼られたダブダブの
そのどれもが
ダブダブはプログラムに従って街の状況を一通り観察して回り、その後、自律作業モードへと移行した。
街をきれいにするために、道路のゴミを集め始めたのである。
明るい陽光とともに、ダブダブが稼動してから初めての朝がやってきた。
ダブダブは時々バイオ燃料を補給するために草むらで作動停止する以外は、基本的に休む必要がない。
朝が来ても、ひたすら黙々とゴミ集めを続けていた。
そのダブダブのセンサーが、初めて動く人間の存在を感知した。
自律作業モードからコミュニケーションモードへと移行し、動く人間のそばまで移動する。
その人間は、色あせた青いジャージを着た小学生の男の子だった。
ダブダブはゆっくりと
「オハヨウゴザイマス! ボクハ、ダブダブ。ナニカ、オコマリノコトハ、ゴザイマセンカ?」
次の瞬間、「死ね!!」という
ダブダブの強化セラミック製の顔の右ほほ部分に傷がついた。
ダブダブは少し困ったような表情をしてから、再び口角をあげて、相手に向けて語りかけた。
「シネ、トハ、ドウスルコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
しかし、とっくに男の子の姿はなかった。
センサーが人の存在を感知しなくなったので、ダブダブは再び自律作業モードへ移行した。
それから、ダブダブは人間の存在を感知するたびに自律作業モードからコミュニケーションモードに切り替わり、その人間のそばまで移動した。
そして最初に出会った男の子にしたのと同じように、口角をあげながらしっかりと相手と視線を合わせるようにして
「ボクハ、ダブダブ。ナニカ、オコマリノコトハ、ゴザイマセンカ?」
と語りかけた。
しかし、会う人会う人がダブダブを激しく
また、子どもや血の気の多い中高生などは、
ダブダブはプログラムに従って相手に語りかけたが、相手がいなくなってしまうと、再び自律作業モードに戻った。
そして、燃料補給のための作動停止時間を除いてひたすらゴミ集めや落書き消し、公共物の
そんな日々が長く続いたある日、初めて自らの意思でダブダブの前にやってきて、ダブダブに話しかける人間が現れた。
それは、小汚い
ダブダブは、その老人の存在を感知すると自律作業モードからコミュニケーションモードに移行し、いつものように語りかけた。
「ボクハ、ダブダブ。ナニカ、オコマリノコトハ、ゴザイマセンカ?」
老人は鋭い目つきでダブダブをにらむようにしながら、ダブダブの問いかけに答えた。
「お前のせいでみんなが困っている。いや、これ以上ないぐらいにひどく苦しんでいる」
「オマエノセイデ、ミンナガコマッテイル、トハ、ドウイウコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
「分からないのなら、教えてやる」
老人は語り始めた。
かつて、街は「ロボット開発計画」に望みを
しかし、元々周囲から隔絶されていて、まともな産業のなかった小さな街。
国からの補助金や街の人々の税金だけで計画を進めるのには無理があった。
街は計画実行のために返すあてのない借金をしまくり、財政は完全に火の車となった。
そして、最後には資金繰りが立ち行かなくなって、ロボットの完成を待つまでに街が財政破綻してしまった。
かつて、計画を力強く主導した町長もとっくの昔に死んでいる。
誰も計画失敗や財政破綻の責任を取らず、比較的財力のある人間はさっさと別の街に引っ越していった。
残されたのは、お金がなくて街を出られない貧乏人達と借金まみれで未来に一切の夢も希望も持てない街。
そして、巨額の費用がつぎ込まれた結果できたクソみたいなロボット一体。
借金返済のために重税が課される一方で、ろくに公共サービスを受けられない街の
すべては「ロボット開発計画」のせいで、もうこの街に未来はなくなってしまったのだ。
ダブダブは、老人の話を聞いている間中、プログラムに従って相手の言葉にいちいちうなずきながら、「フムフム」「ヘエ!」「ナルホドー」と
一通り、話し終えた老人がダブダブに向かって言う。
「つまり、お前の存在そのものが、昔からこの街に住み、この街を愛してきた人間にとってこの上なく
「キエウセロ、トハ、ドウスルコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
老人は
その後も、ダブダブは昼夜を問わずゴミ集め等の作業を続けた。
ダブダブの体をメンテナンスする人間がいないため、ダブダブの体は泥や傷ですっかりボロボロになり、真っ白だったボディはすっかり黒ずんでしまっていた。
そんなダブダブを、つけ
彼らはダブダブの行動を交代で
ある冷えた月夜。
ダブダブは例によって、街の中央を流れる川のほとりの草むらで燃料補給をしていた。
燃料補給中は、センサー以外の機能がすっかりと停止している。
そのセンサーが人間の存在を感知した。
それも1人や2人ではなく、8人という数だった。
ダブダブがコミュニケーションモードに切り替わった。
「コンバンハ! ボクハ、ダブダブ。ナニカ、……」
ダブダブがしゃべり終える前に、ダブダブの前頭部に金属バットが打ち込まれた。
カシャン、という乾いた音が周囲に鳴り響いた。
その音を合図に、8人が交互に手に持った金属バットや鉄パイプに精一杯の憎しみを込めて、ダブダブを殴りつけた。
彼らは街の財政破綻によって未来を奪われ、心底ダブダブを憎んでいる10代から20代の若者たちだった。
「死ね!」
バキッ!!
「シネ、トハ、ドウスルコト、デスカ?」
「お前さえいなかったら!!」
ガシャン!!
「この最低最悪のゴミクズ!!」
「さっさとこの世から消えろ!」
ドゴッ!!
「コノヨカラキエロ、トハ、ドウスルコト、デスカ?」
「うるせえ! 壊れろ! 壊れてしまえ!!」
強化セラミック製の前頭部や腹部や左腕や右足が割れ、中の機械がむき出しになった。
まぶたが割れ、人間の眼球に似た形状の視覚装置がむき出しになった。
左ほほが割れ、人間の歯茎に似た形状の表情制御装置がむき出しになった。
若者達はひたすらダブダブに暴行を働き続け、気が済むといなくなった。
翌朝、ダブダブはいつものように街を歩き、作業を開始した。
陽光に照らされたダブダブの
もはやポスターに
汚くて何とも薄気味悪いダブダブの姿を見て、人々はもはや誰一人として近寄らなくなった。
ある日、雨が降った。
雨は強化セラミックが
ダブダブの行動を
基本的に自律作業モードで動きながら、周囲に人間の存在を感知していないときにも、不意にコミュニケーションモードに切り替わるようになった。
さらに一定の言葉に対する返答を想定してあらかじめプログラムされていたが、これまで一度も発したことのなかったメッセージを勝手にしゃべりだすようになった。
「ボクモ、アナタニ、アエテ、ウレシイデス」
「アナタハ、トテモ、ステキナ、ヒトデスネ」
「ボク、アナタヲ、スキニ、ナッチャイ、ソウデス」
「ホントニ、タノシイナア」
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
そんなメッセージをでたらめにしゃべった後に、急に正気に戻ったかのように自律作業モードに切り替わり、再び黙々と作業を始めた。
毎日毎日、誰に話しかけられることもなく、一体きりでひたすら作業を続けた。
時が経ち、ダブダブの行動はさらにおかしくなった。
自律作業モードとコミュニケーションモードが切り替えできなくなり、自律作業をしながら、同じメッセージをひたすらしゃべり続けるようになった。
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
「ボク、トテモ、シアワセ、デス」
そのうち、右足がまともに動かなくなり、まっすぐ前に進めなくなったダブダブはプログラムの異常のせいか、いきなり高速移動モードに切り替わり、激しい勢いで道端のガードレールにぶつかり、そのままガードレールを飛び越えてドブ川に突っ込んだ。
その川は比較的浅かったが、汚水にまみれ、吐き気をもよおすような
ダブダブは両足を前に投げ出し、上体を起こすようにして座りながら、左足の足裏のモータータイヤが回転するのにまかせて、しばらくバシャバシャと汚水を空中にはね上げていた。
しかし、モータータイヤが壊れると同時に、静かになった。
その後、ダブダブはその場から動けなくなって燃料も補給できず、体内の機械を汚水に侵されていった。
ダブダブは完全に動かなくなり、ゆっくりと確実に壊れていった。
それから数日が経った。
日が高く昇った真昼間に、完全に停止したように思われたダブダブのセンサーが不意に人の気配を感知した。
同時に、ダブダブのむき出しになった球状の視覚装置が弱々しく回転し、むきだしになった表情制御装置が弱々しく動いた。
「シネ、トハ、ドウスルコト、デスカ? ワカラナイノデ、ボクニ、オシエテ、クダサイ」
そう言ったきり、ダブダブはその機能のすべてを停止し、二度と動かなくなった。
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