酒場の夜 (秋田)

文字数 1,173文字

 料理作りが長年の趣味であるが酒にはさほど詳しくはない。どちらかというと料理が主で酒はそれとのマリアージュを楽しんできた。もちろん酒があると料理の楽しみが増すのは確かである。さらに、人との出会いが重なると幸せな時間が過ごせることがある。

秋田への一人旅、2泊の短い滞在の中、地元出身の友人から強く勧められた酒盃という居酒屋を訪れた。分厚い天板のゆったりとしたカウンター席の前でまずはエビス生を、小一時間歩いたので喉が喜んでいる。お任せ料理がスタート、前菜にミニ小鉢、ナメコ茸・茄子煮・イカ詰煮・枝豆・酢のもの(光り物)、 全て驚くほど美味。

いつもは控えている日本酒を頼む。肴とペアリングでどうしても味わいたくなった。純米大吟醸(春霞)、純米吟醸(一白水成)、純米酒(天花)の利酒セットを。中でも純米酒の天花が絶妙、香ばしく深みもあり、しばらくは天を仰ぐほど。

次のお造りは新鮮で、刺しちょこまで冷やしてある気配りに驚いた。朧豆腐は貝柱が味深く、天ぷらの穴子に泣きそうになる。茗荷、万願寺もさくさく。メヒカリ焼き、脂が乗って味が濃い。 酒はとても合ったけど美味すぎて危険なので芋焼酎のロックに。

小さな七輪で自分で焼く比内地鶏の希少部位、味付は塩とレモン。直腸のクリーミーさには脱帽。ハツも新鮮、レバーも絶品。

焼酎をおかわり、肴が良いから酒が進む。良い店で旨い料理と素晴らしい酒に出会えた喜びに高揚した。 カウンター内の店主と話すと独学で50年近く店を続けているとの事で驚いた。感動的な料理と酒とさりげない心遣いに店主の人柄が滲み出ているようで、幸せな気分になった。

 翌晩、駅近くの宿からすぐの飲み屋街でホルモン焼き店(ホルモン猿)に。手元の七輪で新鮮で大ぶりなハラミやホルモン、レバーを焼くと口の中に旨みが広がり、それをハイボールで流し込む。コの字形のカウンターの隣には若夫婦、話すと近郊(それでも車で2時間)の酒米農家で、やっと稲刈りが今日終わったので美味しいものを食べに来たらしい。その酒米は「山本」という銘柄のもので、稲作の苦労話などをいろいろと伺った。ご夫婦と別れ店を出ると、その酒がどうしても飲みたくなった。

 近くには人で賑わうガラス張りの永楽食堂という居酒屋があり、覗き込むと正面の壁には酒の銘柄が朱書きされた短冊が沢山貼られている。入店してカウンターに座り、先ほどの銘柄を聞くと3種類の「山本」の一升瓶を出してくれた。ここでも利酒セットがあり、大吟醸と黒い瓶の純米吟醸、白い濁り酒を。肴はきりたんぽ小鍋。どの酒もキレがあり美味、若夫婦の顔が浮かんだ。自分で作った米の酒を彼らが飲む時の充実感はさぞかしと思った。店を見回すと夜中でも、若い人々から壮年の客までぎっしり、秋田の夜は美味しい肴と酒とともに賑やかに更けていった。



 


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