第3話 姫神龍聖

文字数 1,605文字

 百鬼院霊光(ひゃっきいん れいこう)をかかえ帰還した三千院静香(さんぜんいん しずか)であったが、その後の展開はほぼ予想どおりであった。

 一族の者たちはこの世の終わりのようにうろたえ、陰でひそひそと会話に励んでいる。

 直前までお家はじまって以来の天稟と称賛してやまなかった少年を、今度はまるで落伍者か疫病神のようにあつかいだしたのだ。

 もちろん、表立ってそれを指摘するものなどはいない。

 そんなものなのだ、人間など。

 百鬼院霊光は一命こそとりとめたものの、その両眼は完全に光を失ってしまった。

 三千院静香は当然、激しい自責の念に駆られている。

「わたしは、いったい、どうすれば……」

 失意の彼は、いつしかくだんの場所に立ち入っていた。

 すなわち、自身がかの剣士・暁月明染(あきづき みょうぜん)に敗北を喫した山中にである。

 切り株に腰かけ、瞑想にふける。

 父・三千院炎香(さんぜんいん ほのか)はすでに病死し、家督を継承したばかりだ。

 その矢先でこのありさまとは。

 自分自身が作る影のようなものに、三千院静香は押しつぶされそうになっていた。

「そこの方、いいかげん顔を見せてはいかがですか?」

 前方の木陰から、すうっとひとりの少年が姿を現す。

「さすがは天才剣士さまだな、三千院静香さんよ?」

 淡く緑がかった、ツンとした髪。

 軽装の上に桜をあしらった羽織をまとっている。

 そして左手には、雅な細工を施した長刀を携えていた。

「いったい、どちらさまでしょう?」

 三千院静香は警戒しつつたずねた。

「知れたこと、あんたを倒して名を上げようと思い、ここまでやって来たってわけだ」

「ほう」

「だが、気が変わった。あんたのその腑抜けたツラを見たらな。へっ、ひどい顔だぜ? この世で自分が一番不幸なんです、そんな負け犬の顔さ」

「言いますね、あなた……」

「たとえいまのあんたを負かしたって、これじゃあむしろ、名折れってもんよ。なあ、そうは思わねえか? お坊ちゃまの静香さまよ?」

「それ以上の侮辱は許しません……!」

「へえ、まだそんな根性、残ってたんだ。で? 許さないのなら、どうするね?」

「知れたこと――!」

 三千院静香は刀に手をかけた、が――

「――っ!?」

 対峙する少年は羽織をひるがえして放り、視界を広くふさいだ。

「卑怯者っ――!」

 三千院静香が羽織を薙ぐと、すぐ上空に少年の姿があった。

「わかんねえのか? だからあんたは、甘ちゃんなんだよ!」

「くっ――!」

 頭部への剣尖はなんとか受け止めた。

 少年はくるっとトンボ返りをして間合いを取る。

「ただ者ではないようですね。名を教えていだきたい」

「ずいぶんと紳士的なんだな。いけすかねえ、俺の一番大嫌いなタイプだぜ?」

「それは偶然ですね、わたしも同意いたします。あなたのようにチャラチャラとした男、おぞ気が走ることこのうえない」

「はっ、そうですか。ま、いいや。それでは名乗らせていただきましょうか」

「お願いします」

姫神龍聖(ひめがみ りゅうせい)、あんたを倒すため、岩手からはるばると参上つかまつった」

「姫神……その名、聞いたことがあります。神代の昔、山の守護神・姫神(ヒメカミ)を守り、鬼王・大嶽丸(おおたけまる)をほふったという一族。その証として、三本の宝剣を受け継いでいると、父・炎香から聞きおよんでおります」

「そうっすか、くわしいっすね。そのとおり、俺はその姫神一族の現・当主ってわけだ」

「深い由来を持つ名家とお見受けします。しかしそのあなたが、なにゆえこのような真似を?」

「ま、名を上げるってのは建前さ。本音は単に、強いやつと戦いたい、それだけだ。普通だろ?」

「血を見るのを好むという方にも見えない。純粋なもののふと言ったところでしょうか。よろしい、この三千院静香、かしこまってお相手つかまつる!」

「けえっ、やっぱいけすかねえぜ! この俺が、こてんぱんにのしてやらあ!」

 両者、剣をかまえる。

「剣道三千院流・三千院静香、推して参る!」

「姫神一刀流・姫神龍聖、いざ尋常に、勝負!」

 鋭い剣戟が、またも木漏れ日を受けて激突した。
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