第二十一章 『術』の流れと暎蓮の『決意』

エピソード文字数 1,827文字

「彪様!……後ろです!」
 暎蓮の声が聞こえた。
 彪は、はっとして振り返ろうとしたが、その時にはもう、彪の後ろ首は、新たな『合』の体に捕えられていた。
「!?」
 彪は、必死で目を開けた。……前にも、『合』がいる?……いや。
 自分の周りに、だんだん、『合 前五』が増えていっている。横目で見ると、棚に詰まっていたはずの、あの大量の木彫りの人形が、ほぼなくなっていた。
(これだけの数の人形に、自分の『邪気』を分散させているのに、『妖力』が衰えていない……!?)
 どういうことだ、と彼が思った瞬間、彼の首は、後ろから摑まれている手によって、締め上げられ、持ち上げられた。彪の軽い体が持ち上がる。
 彪は、息を詰まらせ、もがいた。
「彪様!」
 後ろの『結界』内から、暎蓮が出て来ようとするのを、彼は無理に首を振り向かせ、かすれた声で、
「……来ちゃ、だめだ……!」
 と、止めた。彼の言葉は、ほとんど通じなかっただろうが、暎蓮が、彼の表情を見て、びくりとしたように動きを止める。
 彪の目の前に立っていた、短刀を手にしている『合』が、言う。
「そうだな。『斎姫』にも訊いてみようか。……私とともに、来るか?私に傅くと約束すれば、この小童も生かしておいてやってもいいぞ。……だが、断るなら話は別だ。その時は、この小童もろとも、お前も、殺す」
 暎蓮は、すぐには答えなかった。そして、言った。
「彪様!」
 彪は、無理に振り向こうとしているために、斜めになった顔で、それでもなんとか、彼女に向かって、にやっと笑ってみせた。
「…………」
 暎蓮は、それを見て、……微笑んだ。言う。
「『合』様」
「なんだね」
「残念ですが。あなた様は、思い違いをしていらっしゃいます。『力』で『人間(ひと)』は動かせません。それは、殿方であろうと、女性であろうと、同じことです。……そして、また、『巫覡』も」
 暎蓮は、はっきりと言った。
「私たち『巫覡』は、そのお役目に誇りを持ち、『天帝』様に仕えています。そこには、利害など関係はありません。ただ、ただ、我欲を消し、『天帝』様のお声に耳を傾ける……。それこそが、私たちの『使命』の完遂なのです」
 暎蓮は、懐から、『破邪の懐剣』を取り出した。その刃を抜きつつ、言う。
「私たちを、見損なわないでください。私たちは、たとえ、あなた様と刺し違えてでも、あなた様のその『邪欲』を消し去ります。たとえ私を殺したとしても、彪様があなた様を滅します。その逆も。……今、あなた様は、彪様のお命を握っていらっしゃるとお思いのようですが、……もし、彪様になにかなさったら」
 暎蓮は、強い目で、『合』に言い放った。
「その時は、私があなた様を許しません。そのようなことになったら、私が、今すぐに、私の力のすべてを使ってでも、あなた様を滅して差し上げます。……その事実を、よく、お踏まえになって、ご行動なさって下さい」
「なに……!?」
 彪の正面にいた『合』が、暎蓮の入っている『結界』に近づこうとして、彪の周りを取り囲んでいた無数の『合』の人形の群れを割った。その動きに押され、彪の足が、地面に届く。
 彪は、その瞬間を、逃さなかった。懐から、護身用の『符』を摑みだすと、後ろ手で、彼の首を握っていた『合』の一人の胴体に向けて、それを思いきりひっぱたくように貼りつけた。手で、その『符』を押さえながら、『言の葉』をかける。
「……(さん)!」
 彪の首を摑んでいた『合』の一人が、彪の『符』の力で、木端微塵に霧散した。
 息苦しさからは逃れたが、思わず彪の膝が崩れる。その彼の体めがけて、無数のなにかが飛んできた。
「!?」
 彪が、反射的に床を転がり、そのなにかから逃れた。転がりついでに、周りにいた『合』たちの脚にぶつかってやり、彼らも倒してやる。
 彪の体にぶつかり、もんどりうって倒れてくる『合』たちの硬く軽い体の隙間から、彪は、ぷはっと息を吐きながら、顔を出した。そこへ、また『合』の一人が、なにかを投げつけてくる。 彪は、反射的に顔の前に片手を出し、『結界術』で壁を作った。その壁に、どどど、と重い音を立ててなにかが突き刺さる感触がする。
 彪は、刺さっているそれを見て、はっとした。
 ……『邪気』を宿した、楊枝のような木片だった。しかし、それを見ている間にも、倒れていた『合』人形たちが起き上がり、彼に迫ってくる。
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登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。『玉雲国』の『宮廷巫覡』で、強力な『術』を使える『術者』でもある。

この国の『斎姫』で初恋の相手、十一も年の違う憧れの『お姫様』である暎蓮を護るのに必死。

温和な性格。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。しかし、『斎姫』としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。『玉雲国』の王である扇賢の妃。『傾国の斎姫』と言われるほどの美女。世間知らず。

彪が大のお気に入りで、いつも一緒にいたがる。しかし、夫の扇賢に一途な愛を注いでいる。

使う武器は、『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『玉雲国』の王。『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。単純な性格ではあるが、武術や芸術を愛する繊細な面も。

生涯の女性は暎蓮一人と決めている。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。愛刀は、『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢のもと・武術の師で、宮廷武術指南役。美しく、扇情的だが、『天地界』中にその名と顔が知れ渡っているほどの腕の『武術家』。

暎蓮にとっては、優しい姉のような存在。彪や扇賢にとっては、やや恐れられている?

愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音より少し年下?)。扇賢のしもべで、『玉雲国』ただ一人の『騎士』を自称する、人間界の西方が出自の金髪美男。暎蓮に懸想しており、彪や扇賢とは好敵手関係?戦うときは銀の甲冑と大剣を持つ。マイペースな性格。

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