第5話 由紀との旅 1 

文字数 3,137文字

薫とこんなに長く旅するのは、初めてだね。何時もは、あのペンションで一泊して森を歩いて、まるでお墓参りに来た見たいに過ごしてたけど。」
「今年は三回忌に成るんで、色々回ってみようかと思ったんだ。あのコスモス畑も気になってたから。それにここは、僕が由香を連れて来たかった場所だったんだ。由香の代わりに由紀が来てくれたんで嬉しいけど。」
「ふーん、そう、きっと由香も喜んでるわ。」
「此処に由香を連れてこようと思ったのには、一寸訳が有るんだけどね。由香からアンドロメダの話訊いてない?」
「アンドロメダって、星って言うか星雲の事?」
「うん、銀河の事だけど、由香が話していたのは、まあ、どちらかと言えば、神話の内容みたいな話だったけど。」
「神話、ギリシャ神話とかの?」
「そう、アンドロメダは元々ギリシャ神話に出てくるお姫様の名前が由来で、その後星座の名前に成ってるけどね。由香が話してくれたのは、未来人の話だったな。」
「未来人?」
「遠い未来の話、人々が星と星だけじゃなくて、銀河と銀河の間も行き来出来る様な技術を手に入れた頃のお話で、アンドロメダのある星のお姫様が敵対する勢力に追われて、逃げてるうちに時空の歪みに捕らえられた衝撃から、現代の地球に紛れ込んでしまって、そこで隠れ住んでるうちに、地球のある男の子を好きになっちゃうんだ。でも、敵がとうとうこの世界までそのお姫様を追って来てしまって・・・」
「ああ、もういい。何処かのアニメみたいな話。そんな話、何処でしてたのよ。」
「都内のプラネタリーム。」
「あんた等、そんな所でもデートしてたの!」
「別にデートって訳じゃないけど。例によって由香に強引に連れ出された状況だよ。由香のSFぽい話は他にも結構あるんだけどね。」
「まあ、あとでゆっくり聞くことにするわね。でもその手の話は、私は知らないけど。」
「ふーん、由紀には、話さない話題だったのかな?」
「きっと、馬鹿にされるからでしょう。昔からファンタジックな話、御伽噺みたいなの好きだったから。」
「そうだね、由香のあの部屋、尋常じゃ無かったからね。あそこに入ると、幻覚を見てるような気分になったけど。」
「ふーん、確かに、そろそろあの部屋も片付けなきゃいけないだろうな。かなり気が重いけど。薫手伝ってよ。」
「それは、絶対無理だろう。あの部屋に入った途端に、由香にあの世に連れて行かれるかもしれないよ。それに凄く辛いし。だって、由香の思いの全てがあの部屋に残ってるから。」
「うん、そうだね、だから大変なのよ。私、あの家出ようかな?薫一緒に住まない?」
「うんーん、住むのは良いけど、まだ僕は家賃払えないよ。だから、たまに綾姉の所に居候してるんだから。」
「まあ、経済的な問題は私が如何にかするから、薫の出世払いて事で、だから一寸考えておいてね。」
薫は、半分納得した様な顔で返事をしていた。
そうこうしている内に、車は目的の別荘地を兼ねたホテルがある、リゾート地に着いた。
二人がレストランを兼ねたセンターハウスから出たころには、霧も上がり満天の星空が天空に瞬いていた。由紀は、少しよろけながら
「わーあ、凄いね。一瞬宇宙に放り出されたかと思ったわ。薫が此処にこだわる訳がわかったよ。」
夫々のコテージはまばらな木立の中に建てられていて、十人近く泊まれるものから、二三人用の比較的小さなものまで在った。薫は以前に宿泊した事のある四人用のコテージを予約していた。部屋にはベッドが二つとロフトがあり、円形のジャグジーの風呂が付いていて、天窓を解放すれば、露天風呂のような状態になるような浴室だった。
「へー、なかなかいい部屋じゃない、キッチンも有るし、食材は何処かで調達出来るの?」
「ああ、この下の牧場を下った所に、食材関連の市場があるからそこで土地のもの、乳製品とかハムとかをはじめ、焼きたてのパンなんかも販売してる。簡単な物は、さっきのセンターハウスの売店でも売ってるけどね。」
「それじゃ、明日は早めに起きてその市場の朝市にでも行きましょうか。私が朝食作るから。」
「ふん…大丈夫、まだ由紀の料理て食べたこと無いけどさ。」
「うーん、どう言う意味かなぁー?」
「だって由香の料理は酷かったから。味付けの基本を知らないって言うか、多分料理なんかしたこと無いだろう。いつもメイドさん達が作ってくれるから。」
「おお、そう言う事か、確かに由香の料理は、小さい頃のママゴトの息を越えてないね。彼女は適当に食材を混ぜれば料理になると考えていたからね。でも、私はロンドン仕込の腕前があるのよ。一人暮らしで少しは料理作ったし。」
「そう、じゃ楽しみにしてるよ。」
由香は一頻り部屋の中を物色してから、ジャグジーを見つけ、
「ほうー、此所が例のお風呂!」と歓声を上げていた。
一通りコテージを見回った由紀は、中二階から続くテラスに居た。
「もう直風呂沸くから、先に入りなよ。」薫は、由香の背中越しに声を掛けた。
「薫もつまんない事言うのね。当然、一緒に入ろうって言うべきじゃない。由香とはよく一緒に入ってたんでしょ。」
「一緒って言ったって、風呂場の前で待機してただけで…」
「由香の下着、クンクンしたりして?」
「馬鹿、殴るぞ!」
「はは、冗談だよ。そう怒らないでよ。薫が紳士だった事は知ってるからさ。」そう言いながら、由紀は薫の腕に絡んで来た。二人は暫く、星空を眺めていたが
「なあ、由紀、今になって後悔しても遅いけど、由香にはもっと自分の気持ちをぶつけておけば良かったと思ってるんだ。話したい事やしてあげたい事が沢山有ったのに、何時も由香に先手を取られて、何もしてあげられなかった。」薫は、失った存在の重さを感じながら言った。
「それは、薫だけの事じゃないよ。私だって、母だって、由香を取り巻く誰もが感じてる事だよ。心の何処かにポッカリと穴が開いたのは、薫だけじゃ無いよ。でも、その先に進まなきゃだめだろう。私はそう思って、日本へ帰ることにしたんだよ。そして姉の恋人を好きになったのもね。それは、これから生きていく者の当然の義務だと思うよ。」
「由紀て強いね。」
「別に強くは無いよ。あの頃、薫が側にいたらきっと薫の胸で泣いていたよ。その分無理して吹っ切れてるし、薫と違って、私にとって、由香は私の体の一部みたいな物でもある訳で、同じ遺伝子を持ってるからね。だから少しは寂しさが紛れるのかもしれないけど。」
「その感覚は僕には良く分からないけど。はっきり言って今でも由紀を目の前にして僕の頭は混乱してるんだ。でも、僕は由香の臨終に立ち会ったし、その時彼女の魂が開放されて行く様な感覚さえ持っている。それは、現実の実感として、体験した事実なんだ。」
「魂が開放されるってどういう意味?」
「由香は随分無理してたんじゃないかな、恐らく僕との旅が始まってからは。僕には、自分の寿命と旅する事を取引した様にさえ感じられる。確かに、前回の手術で一般人並みに元気になって、何処へでも行ける様になったけど、同時にその事は自分の命を縮めてる様な気がして成らないのだけれど。だから、僕はあの時、由香は本当に自由に成ったんだなって感じたんだ。重い体からも、現実での束縛からも全てから解き放たれたって気がした。そう、そして本当に天使になっちゃったって。でも、それは、僕の僕自身に対する、慰めの気持ちだったかもしれないのだけれどね。それから数ヶ月の間は本当に辛かった。家に居ても、母は仕事に出てて、一人になると悲しみが込み上げてきて…あの時、今の様に由紀が側に居てくれたら、どんなに慰めに成っただろうかと思うととても残念だけど、逆にあの辛さが有ったから、今僕はこうして居られる様な気もする。」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み