ミステリアス

文字数 1,172文字

 宮本愛理はミステリアスだ。
 僕がそう言うと、彼女を知る者は皆否定する。
「宮本愛理はツンデレだ」と。
 カフェレストランで一人座っていると、はつらつとした声が「おまたせ」と背後からした。
「ごめんね? 駅からここまで全部の信号で足止めされちゃった」
「ははは、僕も前にそうなったよ」
 愛理は僕の向かいに座ると、メニュー表を手に取った。その動作は形ばかりのもので、この店に来た彼女が真っ先に注文するものはもう解っている。
「ブレンドコーヒー、Lサイズで」
 通り掛かった店員を呼び止めて彼女が注文した飲み物は予想していたウインナーコーヒーではなかった。続けざまに「砂糖とミルクはいらないので」と言った声色は先程とは打って変わって低く澄んでいる。
 店員が注文を確認して去った後、彼女は僕を一瞥して笑みを浮かべた。
「どうも」
「お、お久しぶりですね……」
 そこには誰もが知る宮本愛理はいない。
 彼女は自身のことを俗にいう『二重人格』だと言っていた。だが、本来の宮本愛理自身は彼女のことは知らず、彼女が一方的に宮本愛理に詳しいようだった。
 彼女が顔を出すのは決まってこのコーヒーチェーン店で、僕がその他の学校などでは天真爛漫なところ以外みたことがない。だが周囲の人間が言うには、にこやかなのは僕に対してだけらしい。これがツンデレだと言わしめている理由ではないだろうか。意味を履違えているとは何となく思う。
 一方で僕がミステリアスだと思うのは、目の前の彼女を通して宮本愛理を認識しているからだ。彼女の表情から感情を読み取ることが難しく、そうして観察するように彼女をみていると、彼女も僕の方を見始める。そして口元に薄く笑みを浮かべるのだ。
 僕はその笑みを浮かべる彼女の事が好きだ。だが、それは宮本愛理が好きという訳ではなく、あくまでその笑みを浮かべている彼女が好きなのだ。何気なしに向けられるとの笑みと目から自身の視線を逸らす。それが彼女の視線によって仕向けられたものだと思うと、自身の行動をも支配されているようで謎の心地良さがあった。
「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーのLサイズでございます」
彼女の前に、コーヒーが置かれる。
 それを境に、言葉を交わさない空間は途切れてしまった。
「言っていたアレ、持ってきてくれた?」
「うん、もちろん」
 彼女に促され、カバンの傍に置いていた紙袋を手渡した。
 紙袋の中を確認した彼女は、ニコリと笑顔になった。
「ありがとう! 近場で見つけられなかったから、凄く嬉しい」
 以前会った時、彼女に頼まれた本が入っている。店舗限定で特装版が販売されている本で、その店舗がある地域にたまたま出かけること予定のあった僕におつかいを頼んだのだ。
「よかった~、このバージョン、近くの対象店舗だと売り切れたからさ~」
 彼女は既に宮本愛理だった。
 
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